1,プロローグ

   私は 1997年11月、北米で購入した「洋鉋」を今でも大切に持っているのです。

(確か「シアトルの職人の店」で購入した様に記憶していますが 確かではあません)

しかし、実はそれだけでこの古びた洋鉋(カンナ)を保管していた訳ではないのです。そこには私にとって忘れられない思い出が有って、なかなか手放せない気持ちから 使いもしないのに20年間手元に置いていたのです。(写真-1-2)

 

2,押し鉋(カンナ)と引き鉋(カンナ)の違いについて

    世界的に見て、日本の鉋(カンナ)は特異な使い方がなされています。それは、引いて使う「引き鉋(カンナ」が主流なのです。それ也の理由が有るのでしょうが、実は 明確な理由が 説明されているわけでは有りません。   色々と 理由付けされてはいますが・・・・・

日本以外で使われている鉋(カンナ)は、日本で使われている物とは全く異なります。

(写真-3-4-5) 

その辺の状況について以下に簡単ですが 説明をしておきます。

 

杉・檜(ヒノキ)等の針葉樹(軟木)を美しく切削する為には 微妙なコントロールが可能な「引き使い」が適しています。自然の中で育った樹木の繊維は一つとして同じものがなく、多様であり建築部材の表面には 途中から逆方向となる木材繊維(逆目)も少くなからずあるものです。「押し使い」の場合には 力を込めて一気に切削するため、「逆目が有っても途中で止めることが難しい」つまり、美しい艶のある部材面をつくるためには 木材繊維の状態を確認しながら切削することが絶対に必要になるのです。それが可能な「引き使い」を日本の工人達は選択したのだと推測します。一方、ヨーロッパでは 広葉樹であるオーク(楢・ナラ)などの硬木の使用が一般的ですから力を込めて一気に切削する「押し使い」が工人達に選択されたと考えられます。

勿論、杉等の針葉樹(軟木)も地域によっては 建材として大量に使用されていますが 『角材や板材の表面に逆目の荒れた切削痕があっても構わない』とする建築観が その後も鉋(カンナ)の「押し使い」を継続させたと考えられます。中国において使用される建築用材は広葉樹と針葉樹が併用して使われていますが 日本人のように「素木(シラキ)の木肌の美しさ」を追求するのではなく、『逆目が有っても構わない』とする ヨーロッパと同様の建築観があった為と推定されているのです。

白(素)木を美しいと考える考え方と塗装を美しいと考える文化の違いが 根底にあるのだと考えると理解しやすいと思います。

 

3,洋鉋(カンナ)の忘れられない思い出

 岡山県瀬戸内市には 1997~98年に掛けて私が担当して建設した建物が 現役で使われています。この建物には本格的なオーデトリアムを備え、百帖敷の和室の大広間を持った大型施設です。この建物を建設する時に 作業所長として私(筆者)が担当していました。

大型物件でしたから 大工職人さん達も大勢の皆さん達に参加して頂きました。これら多くの大工さん達を束ねる棟梁としてHさんが現場に常駐してくださっていました。作業所長の私は 上記したプロローグに書きましたが 北米で買った洋鉋(カンナ)をH棟梁に見せたのです。

勿論、使い方も説明して・・・・。

ところがH棟梁は「試しに貸してくれ」と申し出て 実際に私の目の前で洋鉋を「引き鉋」として使ったのです。結果 木材に刃が引っ掛かり、鉋は全く動きませんでした。

つまり、逆目(サカメ)が起きて木材に食い込んだのです。

私としては 使い方が間違っているのだから当然の結果だと思っていました。

その後、H棟梁は その洋鉋(カンナ)を「暫く貸してくれ」と申し出たのです。私としては信頼している棟梁ですから 厭も応もなく棟梁に預けたのです。夕方だったと思います・・・

H棟梁が私の処に来て「所長、一寸現場まで来てくれないか?」と云うのです。一体何事か?少々心配しながら現場に行くと、H棟梁が私の目の前で例の洋鉋(カンナ)を逆さに持ち、一気に引いたのです。すると、鉋を持つ手の指の間からシューと「長いカンナクズ」が空中に舞い上がったのです・・・・。

        H棟梁は 私の顔を覗き込みながら「してやったり顔!!」

 

私は 暫く言葉が出ませんでした。

彼はなんと昼食も摂らず 分解した洋鉋(カンナ)の刃を その場で研ぎ直して和鉋(カンナ)として使えるように刃先の角度を変えて加工し研ぎ直していたのです。    

     (勿論、これで洋鉋(カンナ)は押し鉋(カンナ)としては使えなくなりました)

 

私は 彼の「職人としてのプライド」に、ただただ脱帽するしか在りませんでした。

弁当も摂らず、只ひたすら洋鉋(カンナ)の刃を付け直していたのですから・・・・

           (一日中、仕事もしないで・・・・)

今でも その時に加工した鉋(カンナ)の刃はそのままです。

 

私は その時一瞬にして「職人の気持ちが判った」ような・・・そんな気持ちがしたのです。

この洋鉋(カンナ)は 私の宝物です。使えないけれど・・・・・。

 

4,さいごに

『ジャパン・アズ・ナンバーワン』????

 1979年、エズラ・ヴォーゲルによる著書で ベストセラーとなったこの本の題名を覚えておられますか?当時、日本製品の品質は世界に冠たる高品質で「向かうところ敵無し」世界を制するかのような怒濤の勢いで全世界に日本製品が海を渡っていました。

この頃、多くの日本人は「日本製品=ジャパン・アズ・ナンバーワン」だと、胸を張っていました。

その頃、日本の職人さん達の技も「世界一」だと、根拠もないのにただ漠然とその様に豪語して信じて疑わなかったのです。当然、日本製の各種工具類もそれだけ高品質な物だと 何となく思いこんでいたのですから、今から考えると滑稽です。

今現在でも自動車整備の世界では 米国製の工具(Snap-onスナップオン・ツールズ(株)製品等々)に対して国産は未だに勝負にならないと思われています。実際問題として高くても売れているのです。製品の精度も然ることながら、まさにブランドになっているのです。

そんな事から大工道具も 日本製が全世界に通じる物だと思い込んでいたのです。大工の技量も左官の技量も仕上工事の職人達の技量も同様に世界一だと漠然と思っていました。

 

本当にそうだったのでしょうか?狭義の世界ではそう言った事も在ったと思いますが  全てではないし、そもそもそんな事はあり得ない事なのです。

如何に世界を知らなかったか? 今となっては己の無知を恥じるばかりです。

世界には その風土にあった仕上げや材料や遣り方(工法)があり、それぞれが有機的に絡みあう事で生産が可能になっているのです。GDPの高い低いで その国の技術力やグレードが単純に計れない事は誰でも知っている事なのです。

なのに何故か?戦後の昭和に生まれ育った我々は『ジャパン・アズ・ナンバーワン』と云う言葉に踊らされ 私自身もそれを信じたのでした。    それも無条件に・・・

今から思えば実に滑稽な感じがします。

真に日本の鉋(カンナ)が世界一優れているとしたならば「バイオリンやチェロ」等の曲線を多用した各種楽器類の製品は もっと素晴らしい物が出来ると思いますが 現実は、多くの楽器が洋鉋(カンナ)で製作されています。

世界は広いし、上には上があるものなのです。

                                              2017.1.11

                                            書き下ろし  児玉記

資 料 編

写真-1 長さ160㍉×巾50㍉ オールスチール製の洋鉋(カンナ) 側面写真

    (鉋全体に発錆あり)

写真-2 洋鉋のパーツ写真  右から二番目が刃

写真-3 2015年5月6日 第31回削ろう会決勝大会会場にて  大黒柱を削る大鉋

写真-4 2015年5月6日 第31回削ろう会 会場にて

   予選会の模様

写真-5 2015年5月6日 第31回削ろう会 決勝大会会場にて

    デモ演技 尺角檜材に大鉋をかけている