今日は誕生日。あっという間に1年が過ぎていきます。
1年1年、着実に歳を取っていく。その事に幸せを覚えます。

僕は37年前、群馬県伊勢崎市で双子(一卵性双生児)の弟としてこの世に生を受けました。
帝王切開での分娩、しかも難産とのことで、母子共に健康でいられるかも危ぶまれていたそうです。
でも、無事産まれることが出来、今に至ります。
子供の頃は、自分たちが双子で周りとは違うと言うことにあまり気づいてなかったと思います。
また、親戚の人たちなどは2人の区別がつかないため、「ひろちゃん、まーちゃん」などと2人の名前を一緒に呼んだりしていました。でも、社会に接するにつれ自分たちが双子と言う周りと少しだけ違う存在なんだと言うことを意識するようになりました。
そんな双子は、その間色々ありましたが、高校を卒業し、大学、大学院に進み、それぞれが就職。
そして、卒業後自分はインターネットサービスの道へ、兄貴は卒業後就職した会社を辞め再び研究の道へ。進む道は違えど、お互い自分で選んだ道を一所懸命に進んでいました。
でも、その6年後その日は突然やってきました。
早朝の交通事故。そして兄貴は帰らぬ人になりました。
あの日の実家の光景は、今でも鮮明に脳裏に焼きついています。そして、あの時ほど自分が双子であることを意識したことはなかったと思います。双子の片割れが、目の前に動くことのない状態で横たわっている。
直視することが出来ず、最後まで兄貴に触れてあげることが出来ませんでした。
でも、あれから7年が経ちました。あっという間の7年。この7年、もちろん兄貴のことは忘れることはありません。
でも、考えることは少なくなりました。もっと他に考えることがたくさん出来ました。
今は、自分はインターネットを使って世の中の人々ハッピーにしたい。
もっともっとインターネットの良さを伝えることが出来るサービスを提供したい。
そのことをほぼ毎日考えています。
あの時、そしてあの辛さを乗り越えることがなかったら、今の自分はない。
あの時以上に辛いことは、もう起こらない。
そんな自信が自分を後押ししてくれています。
1人で向かえる7回目の誕生日。この回数はもっともっと増えていきます。
でも、その数が増えることに不安はありません。
7年前のあの日、あの場所で自分は、
「兄貴の魂を自分に宿して頑張って生きていく」と誓いました。
でも、今自分は兄貴の分までと言う気持ちはありません。
あくまで、自分のテリトリーを広げ、更に活躍できるフィールドを広げていきたい。
そして、自分がそのテリトリーを広げることで、様々な人々を巻き込んでハッピーになっていければと思っています。
そして、自分が命果てた時、向こうで兄貴に、
「この○年めちゃくちゃ楽しかった。こんなことが出来たんだ!凄いだろう!うらやましいだろう!」
って自慢できるような人生を歩んでいきたいと思っています。
#写真は、2人で撮った最後の写真です。実家で照れる俺に作務衣を着せ、2人で写真を撮ろうと兄貴が言い出して撮ったものです。
1年1年、着実に歳を取っていく。その事に幸せを覚えます。

僕は37年前、群馬県伊勢崎市で双子(一卵性双生児)の弟としてこの世に生を受けました。
帝王切開での分娩、しかも難産とのことで、母子共に健康でいられるかも危ぶまれていたそうです。
でも、無事産まれることが出来、今に至ります。
子供の頃は、自分たちが双子で周りとは違うと言うことにあまり気づいてなかったと思います。
また、親戚の人たちなどは2人の区別がつかないため、「ひろちゃん、まーちゃん」などと2人の名前を一緒に呼んだりしていました。でも、社会に接するにつれ自分たちが双子と言う周りと少しだけ違う存在なんだと言うことを意識するようになりました。
そんな双子は、その間色々ありましたが、高校を卒業し、大学、大学院に進み、それぞれが就職。
そして、卒業後自分はインターネットサービスの道へ、兄貴は卒業後就職した会社を辞め再び研究の道へ。進む道は違えど、お互い自分で選んだ道を一所懸命に進んでいました。
でも、その6年後その日は突然やってきました。
早朝の交通事故。そして兄貴は帰らぬ人になりました。
あの日の実家の光景は、今でも鮮明に脳裏に焼きついています。そして、あの時ほど自分が双子であることを意識したことはなかったと思います。双子の片割れが、目の前に動くことのない状態で横たわっている。
直視することが出来ず、最後まで兄貴に触れてあげることが出来ませんでした。
でも、あれから7年が経ちました。あっという間の7年。この7年、もちろん兄貴のことは忘れることはありません。
でも、考えることは少なくなりました。もっと他に考えることがたくさん出来ました。
今は、自分はインターネットを使って世の中の人々ハッピーにしたい。
もっともっとインターネットの良さを伝えることが出来るサービスを提供したい。
そのことをほぼ毎日考えています。
あの時、そしてあの辛さを乗り越えることがなかったら、今の自分はない。
あの時以上に辛いことは、もう起こらない。
そんな自信が自分を後押ししてくれています。
1人で向かえる7回目の誕生日。この回数はもっともっと増えていきます。
でも、その数が増えることに不安はありません。
7年前のあの日、あの場所で自分は、
「兄貴の魂を自分に宿して頑張って生きていく」と誓いました。
でも、今自分は兄貴の分までと言う気持ちはありません。
あくまで、自分のテリトリーを広げ、更に活躍できるフィールドを広げていきたい。
そして、自分がそのテリトリーを広げることで、様々な人々を巻き込んでハッピーになっていければと思っています。
そして、自分が命果てた時、向こうで兄貴に、
「この○年めちゃくちゃ楽しかった。こんなことが出来たんだ!凄いだろう!うらやましいだろう!」
って自慢できるような人生を歩んでいきたいと思っています。
#写真は、2人で撮った最後の写真です。実家で照れる俺に作務衣を着せ、2人で写真を撮ろうと兄貴が言い出して撮ったものです。
