京都の町歩き
清水寺から高台寺に向かう途中、三年坂~二年坂付近の様子です。





少し緑がかった八重桜。
御衣黄(ぎょいこう)。
咲き始めは緑、だんだん赤みを帯びてくるとのことです。


小雨が降ってきたので、イノダコーヒーで雨宿り。






高台寺の前からの風景です。


こちらは銀閣に行く参道の様子。


京都の観光地って、京都らしい素敵な町並みが残っていてきれいなんですが、それが、ほぼ全部お土産屋なんですよね


ま、これも、観光地の宿命でしょうね~。
ってことで、私もお買い物して来ました


以前にも行って、大好きお店、「ちりめん細工館」。



三年坂で買いました~。

清水寺の参道で、かわいさに一目ぼれで購入。

掌美術館
高台寺見学の後、豊臣秀吉とその妻である北政所・ねねのゆかりの品が展示されている、掌美術館に行きました。

内部の撮影は禁止なので、パンフレットの写真です~。



圓徳院
以下、圓徳院のサイトから引用
豊臣秀吉の没後、その妻北政所ねねは「高台院」の号を勅賜されたのを機縁に高台寺建立を発願し、慶長10(1605)年、秀吉との思い出深い伏見城の化粧御殿とその前庭を山内に移築して移り住みました。
それ以来、大名、禅僧、茶人、歌人、画家、陶芸家等多くの文化人が、北政所を慕って訪れたと伝えられています。ねね58歳の時のことです。
これが今日の圓徳院の起こりです。ねねは77歳で没するまで19年間この地で余生を送り、ここは北政所の終焉の地となりました。
そのねねを支えていたのが、兄の木下家定とその次男の利房です。圓徳院は利房の手により、高台寺の三江和尚を開基に、木下家の菩提寺として開かれ、高台寺の塔頭とされました。寛永9年、ねねの没後9年目のことです。
お庭がとってもきれいでした。






高台寺
清水寺の次に行ったのは高台寺です。
以下、高台寺のサイトから引用。
高台寺について
鷲峰山(じゅぶざん)高台寺(臨済宗建仁寺派)
東山霊山(りょうぜん)の山麓、八坂法観寺の東北にある。正しくは高台寿聖禅寺といい、豊臣秀吉没後、その菩提を弔うために秀吉夫人の北政所(ねね、出家して高台院湖月尼と号す)が慶長11年(1606)開創した寺である。寛永元年(1624)7月、建仁寺の三江和尚を開山としてむかえ、高台寺と号した。造営に際して、徳川家康は当時の政治的配慮から多大の財政的援助を行なったので寺観は壮麗をきわめたという。
現在旧持仏堂の開山堂、霊屋、傘亭、時雨亭、表門、観月台等が国の重要文化財に指定されている。 秀吉と北政所を「霊屋(おたまや)」に祀り、北政所像の下はその墓所となっている。須弥壇(しゅみだん)と厨子は華麗な蒔絵装飾が施され、桃山美術を代表する「高台寺蒔絵」として知られる。開山堂を中心に東西に広がる池庭は小堀遠州作と伝えられる。
尚、豊臣秀吉夫人(北政所)は天正16年(1588)に従一位に序せられ慶長8年(1603)に後陽成天皇より高台院の号を賜り寛永元年(1624)9月6日、76才で亡くなられた。








このあたりから雨
が降り出し・・・

この辺では氷が降ってきました。


ヒョウはすぐにおさまったものの、雷
と大雨
がすごく、急いで室内で観覧できる高台寺掌美術館に移動しました。
こちらがチケット。

清水寺

あまりに有名なお寺なので、ここも解説するまでもないと思いますが、清水寺のサイトからのお寺の説明を貼り付けます~。
ここも、何度も行ってはいますが、20年ぶりとか、そんなレベルです(^^;;;
音羽山清水寺(おとわさんきよみずでら)は、宝亀9年(778)に奈良子島寺(こじまでら)の賢心(けんしん)、後の延鎮上人(えんちんしょうにん)によって開創されました。
「清水寺縁起」によると、賢心は「木津川の北流に清泉を求めて行け」という霊夢をうけ、翌朝、霊夢にしたがい清泉をもとめて上がると、音羽山麓にある滝にたどり着きました。 するとそのほとりで草庵をむすび、永年練行をしている行叡居士(ぎょうえいこじ)と出会ったのです。行叡居士は賢心に霊木(れいぼく)を授け、千手観音像(せんじゅかんのんぞう)を奉刻し観音霊地を護持するよう遺命を託すや否や、姿を消してしまいました。「行叡居士は観音の化身である」と悟った賢心は、以後固く遺命を守り、千手観音を刻んで草庵と観音霊地の山を守っていました。
その2年後の宝亀11年(780)、坂上田村麻呂公が妻室・三善高子命婦の安産のため、夏の暑い日に鹿を求め音羽山に上がってこられました。そしてひと筋の水の流れを見つけ、そのあまりの美しさに、水源を求めて歩みを進めるうちに草庵にたどり着き、賢心と出会いました。
坂上田村麻呂公は賢心に鹿狩りに上山した旨を話すと、観音霊地での殺生を戒められ、観世音菩薩(かんぜおんぼさつ)の教えを諭されました。深く感銘を受けた坂上田村麻呂公は、この賢心が説かれた清滝の霊験、観世音菩薩の功徳を妻室に語り聴かせ、共々深く仏法に帰依(きえ)されました。そして後日、自らの邸宅を仏殿(ぶつでん)に寄進し、十一面千手観世音菩薩を御本尊として安置されました。
清水寺はその後、霊験あらたかな観音霊場としてさらに広く信仰を得てきました。「枕草子」「源氏物語」といった古典文学をはじめ、能狂言や歌舞伎、落語などにも数多く登場するなど、貴族や武士といった限られた階級だけでなく、庶民にも開かれたお寺として親しまれてきたのです。
開創以来、1200有余年の間、幾度もの災害戦災にあいながら、その都度、再建・復興を果たしてきたのも、人々の信仰の篤さのたまもの。現在の伽藍(がらん)は、徳川三代将軍家光により寛永10年(1633)に再建されたもので、平成6年(1994)にユネスコの世界文化遺産に登録されました。
仁王門

西門と三重塔




枝垂桜がきれいでした~。


八重桜も満開でした。


京都市内の眺めも良いです~。

三重塔と経堂

もみじというと、きれいな紅葉しか思い浮かびませんが、これがもみじの花なのだそうです。

境内は緑豊か~。



本堂、清水の舞台が見えてきました。



出世大黒天像

角度を変えて、三重塔を眺めます。



きれいな鈴のお守りを買いました。


おみくじを引いたのって、何年ぶりだろう・・・。
「旅行最吉」

ファーストキャビン京都烏丸
4月末の京都に行った際に泊まったホテル「ファーストキャビン」。
「ファーストキャビンは、飛行機のファーストクラスをイメージした会員制のキャビンスタイルホテルです」という、ホテルのコンセプトを見て、思わず予約を入れてしまいました


が、まぁ、言ってみれば、高級ドミトリーと言うか、カプセルホテルの高級バージョン。




個室はアコーディオンカーテンで仕切られ、鍵はかかりませんが、男女別になっており、ベッドの下の物入れは施錠可になっていました。


部屋タイプには「ビジネスキャビン」と「ファーストキャビン」の2種類あって、ビジネスキャビンはまさにカプセルホテルって感じだったので、ちょっと勘弁・・・。
で、ファーストキャビンに泊まりました。
機内だと思えば快適な空間ですが、まぁ、所詮、カプセルホテルです


パジャマもロゴ入り。



JALのサイトからじゃらんネットに飛んで予約。
4900円でした。
バス、トイレは共同ですが、化粧水や乳液なんかもおいてあって、とっても清潔です。
場所も、四条烏丸からすぐで便利。
今回、私は、大学時代の研究室の同窓会で京都に行っていたので、夜はみんなと飲み歩いて、ホテルに戻ったのが1時過ぎ・・・って感じだったので、寝るだけだったので、とても快適でしたが、周りの物音が気になる人や、部屋でゆっくりしたいときには、不向きです・・・。
でも、一人のときだったら、また利用するかも。
バンコク★LOUIS TAVERN CIP ラウンジ
UAに乗るとき利用しました。
っていうのも、デタックスを終えてふと見ると、こんなのがあったから・・・。

ちょうど、デタックスのカウンターの前。









ラウンジはこんな感じ。
めちゃくちゃすいていて、ほとんど貸しきり状態だったけど、みんなはTGのラウンジに行っているのかしら???




ラウンジの食べ物









ラウンジの飲み物



祇園 かわ富
ランチは、祇園 かわ富 で「豆皿膳」のコースをいただきました。
こんな感じのお部屋に通されました。


先付
お豆腐

揚物
よもぎ麩揚げ出し


焼物
焼筍

このたけのこ、激うま!!!
こんなおいしいたけのこ、食べたことありません。
本当に新鮮でやわらかくて、香ばしく焼きあがっていて、お上品な春をそのまま食べている感じ
春は、これ目当てにわざわざ来るお客さんも多いのだそうです。
膳
豆皿十二点盛
食事 釜炊き飯、汁、香の物
お膳には12種類のおばん菜が並びます。














甘味
黒糖わらび餅

以上で、3800円。
学生のときは、とてもこんなお店には来れませんでしたが、京都らしいお店でお食事できて良かったです(^^
おいしかったです~。
ほんとうに、たけのこは、また食べに行きたいです!
お店は、ちょうど、祇園歌舞練場の向かいにあります。
ちょうどこのときは、都おどりの期間でとっても混んでました。

お店の外観はこんな感じ。


住所 京都府京都市東山区祇園町南側570-235 花見小路下ル歌舞練場前
電話 0066-9677-4551(予約専用、通話料無料)
営業時間昼11:30 ~ 14:00(L.O14:00)、夜17:00 ~ 21:00(L.O21:00)
東寺★観智院
GWの直前の週の週末、大学の研究室の同窓会があって、京都に行きました。
せっかくなので、その前後、久しぶりの京都を観光してきました。
まず、行ったのは東寺。
この時期、春の特別公開中だったので、セット券を買い、宝物館、観智院も見学しました。
今回は、前回の「東寺」の記事に引き続き、観智院です~。
以下、wikipediaから引用;
観智院
北大門を出て櫛笥(くしげ)小路を進んだ右側に位置する。塔頭寺院であるが、別格本山となっている。学僧であった杲宝(ごうほう)を1世として延文4年(1359年)に子院として創建された。杲宝は現在国宝となっている「東宝記」という東寺の創建から室町時代に至る寺史をまとめた。これは弟子の賢宝により補足完成された。観智院は東寺のみならず真言宗全体の勧学院と位置づけられ、多くの学僧を輩出している。経蔵である金剛蔵には膨大な文書・典籍・聖教類が所蔵されていたが、現在は東寺宝物館に移されている。通常非公開であるが、春秋などに特別公開される場合がある。
客殿(国宝) - 慶長10年(1605年)の建立。桃山時代の典型的な書院造りの建造物として国宝に指定されている。上の間には宮本武蔵筆といわれる「鷲の図」などの襖絵がある。客殿南の庭園は「五大の庭」と称される。
本堂 - 本尊の五大虚空蔵菩薩像は唐からの請来像で、青龍寺の本尊であったものといわれている。
観智院は、庭園がすばらしい!






建物も、とっても落ち着いた風情。
見学の人も少なく、ゆっくり見ることができました。




五大虚空蔵菩薩像も公開されていましたが、写真撮影は禁止でしたので、パンフレットの画像をどうぞ~。



かなり雨が強く降っていました・・・。


東寺
GWの直前の週の週末、大学の研究室の同窓会があって、京都に行きました。
せっかくなので、その前後、久しぶりの京都を観光してきました。
まず、行ったのは東寺。
こちらも、超有名なお寺なので、解説の必要は特に無いかとも思いますが、一応、wikipediaの解説を貼っておきます~。
歴史
8世紀末、平安京の正門にあたる羅城門の東西に「東寺」と「西寺」(さいじ)[5]という2つの寺院の建立が計画された。これら2つの寺院は、それぞれ平安京の左京と右京を守る王城鎮護の寺、さらには東国と西国とを守る国家鎮護の寺という意味合いを持った官立寺院であった。
南北朝時代に成立した、東寺の記録書『東宝記』によれば、東寺は平安京遷都後まもない延暦15年(796年)、藤原伊勢人という人物が造寺長官(建設工事責任者)となって建立したという。藤原伊勢人という人物については、公式の史書や系譜にはその名が見えないことから、実在を疑問視する向きもあるが、東寺では古くからこの796年を創建の年としている。それから20数年後の弘仁14年(823年)、真言宗の宗祖である弘法大師空海は、嵯峨天皇から東寺を賜った。この時から東寺は国家鎮護の寺院であるとともに、真言密教の根本道場となった。
東寺は平安後期には一時期衰退するが、鎌倉時代からは弘法大師信仰の高まりとともに「お大師様の寺」として、皇族から庶民まで広く信仰を集めるようになる。中でも空海に深く帰依したのは後白河法皇の皇女である宣陽門院(1181年 - 1252年)であった。宣陽門院は霊夢のお告げに従い、東寺に莫大な荘園を寄進した。また、「生身供」(しょうじんく、空海が今も生きているがごとく、毎朝食事を捧げる儀式)や「御影供」(みえく、毎月21日の空海の命日に供養を行う)などの儀式を創始したのも宣陽門院であった。空海(弘法大師)が今も生きているがごとく朝食を捧げる「生身供」の儀式は、21世紀の今日も毎日早朝6時から東寺の西院御影堂で行われており、善男善女が参列している。また、毎月21日の御影供の日には東寺境内に骨董市が立ち「弘法市」「弘法さん」として親しまれている。
中世以後の東寺は後宇多天皇・後醍醐天皇・足利尊氏など、多くの貴顕や為政者の援助を受けて栄えた。文明18年(1486年)の火災で主要堂塔のほとんどを失うが、豊臣家・徳川家などの援助により、金堂・五重塔などが再建されている。何度かの火災を経て、東寺には創建当時の建物は残っていないが、南大門・金堂・講堂・食堂(じきどう)が南から北へ一直線に整然と並ぶ伽藍配置や、各建物の規模は平安時代のままである。
東寺と言えば、五重塔が有名ですね~。
新幹線で五重塔が見えてくると、「あ~京都だ」って思います。
このお寺も、もう、7-8回行っていると思いますが、季節や時期によっても雰囲気が違ったり、金堂や講堂で仏像を見ているととっても落ち着くし、良いですね~。






この時期、ソメイヨシノはもう終わっていましたが、八重桜や枝垂桜がとってもきれいでした。






金堂、講堂の中は撮影禁止なので、パンフレットの写真をご覧ください~。


ちょうど春の特別公開中だったので、セット券を買い、宝物館、観智院も見学しました。




