<85>◆無用の心配 | 心のブログ&写真色々
Q あからさまに言えば、取越苦労性の人は霊的に未熟ということでしょうか。





A  その通りです。



  真理を悟った人間はけっして取越苦労はしません。



  なぜなら人生には神の計画が行きわたっていることを知っているからです。



  まじめで、正直で、慈悲心に富み、とても無欲の人でありながら



  人生の意義と目的を悟るほどの霊的資質を身につけていない人がいます。



  無用の心配をするというそのことが



  霊的成長の欠如の指標といえます。



  たとえわずかでも心配の念を抱くということは、



  まだ魂が本当の確信を持つに至っていないことを意味するからです。



  もし確信があれば心配の念は出てこないでしょう。



  偉大なる魂は泰然自若の態度で人生に臨みます。



  確信があるからです。



  その確信は何ものによっても動揺することはありません。



  このことだけは絶対に譲歩するわけにはいきません。



  なぜなら、それが私達の霊訓の土台であらねばならないからです。






                                    シルバーバーチの霊訓6 P57より

















まだまだ未熟です(≧-≦)すごい未熟・・・



取越し苦労はいけないと頭ではわかっているけど



なかなか・・・・



自分に言い聞かせるためにもこの言葉を選んでみました。