皆様のご実家には神棚はありますか?


お正月は神社に参拝行きますか?

クリスマスにはツリーを飾り、

クリスマスパーティーしますか?


今私が質問した日本では当たり前の日常が

我が家にはありませんでした😢


もの心ついた頃には両親はじめ、母方の

叔母たちは毎日朝晩 仏壇に向かい読経して

お題目を唱えていました


学校行事で神社仏閣へ行く社会科見学や

遠足、修学旅行は

必ず親から


『鳥居はくぐるんじゃないよ』

『手をあわせるんじゃないよ』

と耳にタコできるほど言われて

憂鬱な気分で出かけました


私の住む八戸のお祭りは三社大祭と言って

3つの神社から成るお祭りです

だから、参加してはいけないと😭


友達からクリスマスパーティーに誘われても

行ってはならないと😭


神社の宵宮もダメ🙅

他宗派の寺院でイベントあってもダメ🆖️

他宗派寺院での葬儀の参列も❌️


それとは真逆に我が家の信仰している

宗教団体の集まりは欠かしてはならないと


大人になってからはこの宗教団体から

生まれた政党の票を集めなければならないと


年一回のお金の徴収があり、強制ではないと

言うがやらざるを得ないように吹き込まれた


このことが大人になっての私の人脈形成に

足枷となった


そして平成三年にこの信仰の根本の宗派より

破門されてしまった


この信仰していて前述したような

嫌な面や疑問な面もいっぱいあったけど


信じざるを得ない現象も目の当たりにしてきた


まだこの団体が宗門から破門される前、

本山に自由に参詣できていた

小さい時から親が幹部だったため

年に二回ずつ静岡県富士宮市の本山へ

参詣していた

本山の常にお題目を唱える 『常唱堂』で

私は奇跡を二回体験した

一度目は小学生のころ

聾唖者の20代くらいの女性がいきなり

すごい大きな声で題目を唱えだし

『聞こえる‼️みんなの題目が聞こえる‼️』と

わんわん泣き出した😭

そしてたくさんの題目をあげている信者の

皆さんへ何度もありがとうごさいますと

言ってピョンピョンはねながら帰って行ったのだ


子供の私はすごい奇跡に震えていた😵😵‍💫


二度目は高校生の頃

同じく常唱堂にて車椅子の女性が中には入れず

外で題目をあげていた

1時間ほど経ったころ

『別の坊に行きましょう』と行って

なんと介助のかたを置き去りにして

車椅子から杖も使わずサッサッと歩いて

行った

本人が途中でビックリして

『歩ける‼️私歩いてる‼️』

そう叫びながら泣いていた


こうして二度も奇跡を見せられた私は

信じざるを得ない状況になったのです


この信仰を我が家にもたらしたのは

母(養母)でした


彼女は三十代の時、結核を患い

余命宣告受けていました

入院中隣のかたも余命宣告受けていたはずなのに

日に日に良くなり

2ヶ月もすると寛解して退院することになったと


母はどんな民間療法したのか

夢中で彼女に聞くと

信仰を始めたら日に日に良くなったと


母は藁をも掴む思いで自分もその信仰をすると

彼女に懇願した


入信して日ごとに母の結核は病巣が小さくなって

いき、三ヶ月目にはすっかり見当たらなくなっていた

それまで血を吐いていた人が....


信仰に反対だった父も目の当たりにした奇跡に

入信し、母方の妹3人を入信させた


母は口癖のように『更賜寿命(きょうしじゅみょう)』と唱えていた

意味は寿命を更に賜りますという意味

法華経如来寿量品 第十六の中の一節だ


そんな母は肺は結局 病巣なくなったが石灰化し、胆嚢は石が袋を突き破るくらい肥大し

胆嚢ごと切除し、晩年は腸も切除し

肛門も手術

尿を自力で出せずバルーンカテーテルを

入れ、まさに内臓がナイゾウといった具合だった


それなのに96歳まで生きて天寿を全うした

まさに『更賜寿命』を体現した人だった


団体の幹部だった母の遺言は

『私の葬儀は絶対に住職から読経してもらいたい

俗世の人間は亡くなった者に引導を渡す経文を知らない』

と常々言っていた

団体は破門されてから 『友人葬』といって

幹部が読経していた

そして、肝心の信仰の対象の本尊の定義を

団体の解釈で変更した


私はこの点が納得できなかった

そして、母の遺言を護りたかった


親戚は団体で信仰を続けている

異父妹たちは信仰からはなれたり

他宗のお寺の嫁になったりしている

異父妹たちは母の葬儀には来なかった


亡くなった知らせを聞き、通夜までいた従姉妹は

葬儀の朝、喪主で忙しくしている私に電話で


『あんた坊主に拝ませて 無間地獄に

落ちるんだすけ‼️おらは今日は行かないよ‼️』

今のあの有名な宗教団体の幹部ともあろう人が

こんな言葉を葬儀当日に平然と放つのだ


葬儀にはあの団体にまだ身をおいている

母に世話になったかたのご子息たちが数名いらしてくださった

私が非難されたようにあとからいろいろ

言われるのを覚悟で足を運んで下さった

頭が下がる思いだった


私はこの信仰は御本尊は絶対だと思っている


しかしながら信仰は自由だとも思っている

他の信仰している方々と交流しないなんて

今どきナンセンスだ


願わくばまた、僧俗和合し、争いのない

平和を目指す宗教に戻ってほしい


そして、私は幼いころから御書を学び、

他の宗教についても学んだことが

冠婚葬祭互助会営業で本当に役立った


私の年代が若かったころ

皆、政治と宗教には関心がなかった


知らないということは

時に命の危機をももたらす


今はいろんな宗教のかたとも

コミュニケーションとりたいし

日本の歴史を知るためにも

神社仏閣も自由に見学したいと思っている