(2013年11月21日 『J-SPORTS』HPコラム)
敵がなくては生きていけない。そんな人生はさみしい。
「仮想敵」への負けん気ばかりを頼りに、おのれを奮い立たせると、行き着く先は、ある程度の成功、それなりの実利、そして、おおいなる寂寥のはずである。
昔、昔、ある大学ラグビー部の若者のこんな話を本人から聞いた。地方都市の医師の家系で、地元の私立中学から、わざわざ首都圏のその大学の附属高校を受験して入学を果たす。医学部に内部進学するためだった。それは成績トップ級の者しか許されない。高校生活は猛勉強の覚悟を固めていた。ところが、体格がよかったので、よりによってラグビー部に誘われてしまう。練習は楽ではない。「夏休みを越えたら退部して勉学に集中しよう」。そう考えていた。厳しい夏合宿の最終日を終えて、これでラグビーともおさらばさ、と思っていたら、部員みんなで肩を組み、試練を乗り越えた感涙のまま輪になって部歌に声をそろえた。歌うというより叫んだ。
そしたらさあ…と本人は言った。「こう考えが変わったんだ。人間、いつか、とうとう死んで、その時、何人の友が棺をかついでくれるか。それでいいんじゃないかって。医者になるばかりが人生じゃないって」。ラグビー続行。のちの迫力あるプロップとなり、文科系の学部を卒業後はメーカー勤務、海外駐在などで活躍してきた。
そう。人生とはそんなものさ。苦楽をともにする友がいれば、わざわざ敵を決めなくとも前へ進める。仕事の仲間を裏切るわけにいかない、という使命感だけで力は発揮できる。
ただし、ひとつ、明確な敵、息詰まる関係の好敵手があったほうがよい世界が存在する。真剣勝負のスポーツ、とりわけラグビーのような闘争的競技である。一例が花園予選に見つかる。
奈良県大会決勝。天理と御所実業(旧・御所工業)は、実に19年連続の対決である。このところ黒のジャージィの御所実業が5大会続けて花園出場を遂げ、昨年度は、限られた布陣を最大限いかす戦いで準優勝を遂げている。竹田寛行監督の精密にして開明的な指導力は「日本にろくなコーチはいない」という経験不足の外国人指導者にありがちな偏見をあやまりとさせる。
かたや天理も、松隈孝照監督の指導がしだいに浸透、関西大学をAリーグへ昇格させた防御構築の腕利き、松村径コーチを本年度から招いて陣容を整えてきた。最終スコアは15-12、純白のジャージィの天理がひさしぶりに笑った。
天理高校
両校は、お互い、いつでも「敵」の関係だ。そこに勝つために1年を過ごす。かつて名門・天理の伝統の展開スタイルを崩そうと、御所工業は、極度のパワー戦法に徹した。ようやく勝てるようになり、そこで偏りは捨て、停滞すなわち敗北の精神で陣地獲得やオープン攻撃の方向などの方法を常時更新してきた。奈良という狭い空間を制するためにもがき、熟慮し、磨いてきたら、それは新しいラグビーの創造に結ばれた。ライバルのおかげである。天理も劣勢を抜けようとディフェンスを固め、勝利直結の技術を研究した。
奈良の決勝。天理高校は、開始14分、モールで先制した。御所実業の得意とする領域だ。現場で取材したスポーツライターの鎮勝也さんは「そこに全国で最も接近したライバル関係のひとつ」の実相を見た。「御所の定評あるローリングのモールに対して、天理は切っていくようなモールで対抗したのです」。当事者にすれば、とても楽ではあるまいが、外から眺めると、まさに高め合う関係である。ちなみに、レフェリーは、プロのトップ級、麻生彰久さんが務めた。そうでないと成立しえないほど緊迫した内容が予想されていたわけだ。
戦前、明治大学は、創部で先行する相手に対して「遅れてきた者の割り切り=極度の単純化」を図って「押しまくり」を貫いた。それで時代を築くと、こんどは、そのころ選手層で劣った早稲田大学が「持たざる者の知恵」で「ユサブリ戦法」を開発、高速展開からスペース攻略の斬新な理論に到達した。明らかな敵があって明らかな戦い方が生まれる。天理と御所実業もそうだろう。
チームは、漠然と外へ開くと勝てない。大学ラグビーで、前年度にリーグ下位の集団が「全国大会出場」をめざしても焦点は絞れない。それよりも仮想敵をはっきりさせて、××大学に勝つための練習を積んだほうが、結果として他の相手からも白星を挙げることができる。開くと思考はぼんやりする。閉じて思考を深めるのだ。
そして、こんなこと述べるまでもないのだが、ラグビーの「敵」は、人生の敵とは違う。限られた時空に勝負という結末があって、そこから先の実生活では、肩を組まぬまでも互いにフラットな立場で歩むのだ。友になるとは限るまい。でも憎むべき対象では絶対にない。