ひろどんの歌声日詩♪
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ギターを始めてからというもの、

暇さえあれば練習に励んでおりますて、

読書とブログの更新が、めっきり減ってしまった今年も、

残り僅かとなってしまいますた。。。


折りに触れて写真を撮っているものの、

なかなか整理できずにおり、

そろそろ、SDカードの容量が満杯に・・・。

取り急ぎ、最近のを撮って出し状態で更新しまつ。

(*゚ー゚)ゞ


ちなみに、上記画像は表三道のイルミネーションでつ。。。



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先ずは、昨年に続いて、二度目の「ぶらり横浜シリーズ」です。

福山さんの年末恒例ライブ『福山☆冬の大感謝祭 其の十三

Hotel de fukuyama Ⅱ』の売店にて購入した、

福山さんプロデュースの多目的ソース『男のオリ醤』の紹介からでつ。





日頃、福山さんがサラダを食べる時。

「オリーブオイルに醤油を混ぜ混ぜしたのをつけて食べている」

という話から生まれた、このソース(というのかドレッシング?)。


今年は、オリジナル、ガーリック味、ガーリック・スーパーハード味の

3種類が、ライブ会場で限定発売になりますた。

なにぶん、オリーブ・オイルとニンニクが苦手な私の雑感でつ。

オリジナル:噂通り美味しかったです。「うひゃっ!」とくる味で、
      クセになりそうな味です。
      醤油が良い感じのアクセントになっており、
      オリーブ系が苦手な人でも十分、イケます!

ガーリック味:ニンニクの風味がほどよく効いてます。
       でも、思ったより薄味ですた。
       寿司や鶏皮せんべいなど、いろいろ試してみますたが、
       このソースのみの利用よりも、マヨネーズや醤油との
       併用が、より美味しく召し上がれると感じますた。
       一番美味しかったのは「やわらかイカフライ」に、
       マヨネーズと併用して食べた時ですたw
       また、オリジナルとは別商品のソースと考えた方が、
       良いやもしれません。 

スーパーハード味:(><)さーせん。
         友人にあげてしまったので、食べてないでつ。
         でも、ニンニク系がお好きな方は、
         ガーリック味よりも、これを多めに
         購入された方が良いと思いますた。 





まったくもって余談ですが・・・。

売店は、開場の3時間前からの販売開始ということで、

この日の開場時刻より2時間前の11時には並びますた。

昨年の反省を活かし、早めの到着と防寒対策を意識しますたが、

すでに千人以上は並んでいたようで、

パシフィコ横浜2階わきの遊歩道と、裏手にある公園に向かう

陸橋の合流した辺りの列ですた。


販売が30分早まり、12時30分には売店となる展示ホールが

開いたものの、中に入るまでまた30分待ちですた。

まだ陽が当たるところだったので助かりますたが、

私より早い時間に到着された方たちが並ばれた、

階段や遊歩道下の1階は、超絶寒いですw

何はなくとも、防寒対策にご留意くだされ。。。

ガクガク((( ;゚Д゚)))ブルブル


ちなみに、中に入ってから、販売ブースまで辿り着くのに、

また1時間かかりますた。。。


あっそれと・・。

昨年と違い、角煮まんなどの軽食も2階の飲食店エリアに

移動されておりました。

グッズ購入後、とりまえず向かいますたが、

そこでもまた長蛇の列だったので諦めますた。。。

(ノ∀`) アチャー


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長くなってしまったので、次回に続きます。

(2013年11月21日 『J-SPORTS』HPコラム)

敵がなくては生きていけない。そんな人生はさみしい。
「仮想敵」への負けん気ばかりを頼りに、おのれを奮い立たせると、行き着く先は、ある程度の成功、それなりの実利、そして、おおいなる寂寥のはずである。

昔、昔、ある大学ラグビー部の若者のこんな話を本人から聞いた。地方都市の医師の家系で、地元の私立中学から、わざわざ首都圏のその大学の附属高校を受験して入学を果たす。医学部に内部進学するためだった。それは成績トップ級の者しか許されない。高校生活は猛勉強の覚悟を固めていた。ところが、体格がよかったので、よりによってラグビー部に誘われてしまう。練習は楽ではない。「夏休みを越えたら退部して勉学に集中しよう」。そう考えていた。厳しい夏合宿の最終日を終えて、これでラグビーともおさらばさ、と思っていたら、部員みんなで肩を組み、試練を乗り越えた感涙のまま輪になって部歌に声をそろえた。歌うというより叫んだ。

そしたらさあ…と本人は言った。「こう考えが変わったんだ。人間、いつか、とうとう死んで、その時、何人の友が棺をかついでくれるか。それでいいんじゃないかって。医者になるばかりが人生じゃないって」。ラグビー続行。のちの迫力あるプロップとなり、文科系の学部を卒業後はメーカー勤務、海外駐在などで活躍してきた。

そう。人生とはそんなものさ。苦楽をともにする友がいれば、わざわざ敵を決めなくとも前へ進める。仕事の仲間を裏切るわけにいかない、という使命感だけで力は発揮できる。

ただし、ひとつ、明確な敵、息詰まる関係の好敵手があったほうがよい世界が存在する。真剣勝負のスポーツ、とりわけラグビーのような闘争的競技である。一例が花園予選に見つかる。

奈良県大会決勝。天理と御所実業(旧・御所工業)は、実に19年連続の対決である。このところ黒のジャージィの御所実業が5大会続けて花園出場を遂げ、昨年度は、限られた布陣を最大限いかす戦いで準優勝を遂げている。竹田寛行監督の精密にして開明的な指導力は「日本にろくなコーチはいない」という経験不足の外国人指導者にありがちな偏見をあやまりとさせる。

かたや天理も、松隈孝照監督の指導がしだいに浸透、関西大学をAリーグへ昇格させた防御構築の腕利き、松村径コーチを本年度から招いて陣容を整えてきた。最終スコアは15-12、純白のジャージィの天理がひさしぶりに笑った。

天理高校
両校は、お互い、いつでも「敵」の関係だ。そこに勝つために1年を過ごす。かつて名門・天理の伝統の展開スタイルを崩そうと、御所工業は、極度のパワー戦法に徹した。ようやく勝てるようになり、そこで偏りは捨て、停滞すなわち敗北の精神で陣地獲得やオープン攻撃の方向などの方法を常時更新してきた。奈良という狭い空間を制するためにもがき、熟慮し、磨いてきたら、それは新しいラグビーの創造に結ばれた。ライバルのおかげである。天理も劣勢を抜けようとディフェンスを固め、勝利直結の技術を研究した。

奈良の決勝。天理高校は、開始14分、モールで先制した。御所実業の得意とする領域だ。現場で取材したスポーツライターの鎮勝也さんは「そこに全国で最も接近したライバル関係のひとつ」の実相を見た。「御所の定評あるローリングのモールに対して、天理は切っていくようなモールで対抗したのです」。当事者にすれば、とても楽ではあるまいが、外から眺めると、まさに高め合う関係である。ちなみに、レフェリーは、プロのトップ級、麻生彰久さんが務めた。そうでないと成立しえないほど緊迫した内容が予想されていたわけだ。

戦前、明治大学は、創部で先行する相手に対して「遅れてきた者の割り切り=極度の単純化」を図って「押しまくり」を貫いた。それで時代を築くと、こんどは、そのころ選手層で劣った早稲田大学が「持たざる者の知恵」で「ユサブリ戦法」を開発、高速展開からスペース攻略の斬新な理論に到達した。明らかな敵があって明らかな戦い方が生まれる。天理と御所実業もそうだろう。

チームは、漠然と外へ開くと勝てない。大学ラグビーで、前年度にリーグ下位の集団が「全国大会出場」をめざしても焦点は絞れない。それよりも仮想敵をはっきりさせて、××大学に勝つための練習を積んだほうが、結果として他の相手からも白星を挙げることができる。開くと思考はぼんやりする。閉じて思考を深めるのだ。

そして、こんなこと述べるまでもないのだが、ラグビーの「敵」は、人生の敵とは違う。限られた時空に勝負という結末があって、そこから先の実生活では、肩を組まぬまでも互いにフラットな立場で歩むのだ。友になるとは限るまい。でも憎むべき対象では絶対にない。
「体を張った平和論」

(2013年07月26日 『J-SPORTS』HPコラム)


68年前の7月25日、米国のハリー・トルーマン大統領によって、原子爆弾投下指令は承認された。人間が人間を焼き尽くす行為は正当化されたのである。夏、スポーツと平和を考える。スポーツをすれば平和が訪れるのか。そんなに甘くはない。

26年前、元日本代表監督、スポーツ哲学者の故・大西鐵之祐さんは言った。

「(略)修行者集団でない限り、この平和を維持していくことはできないでありましょう」(1987年1月17日、早稲田大学最終講義)

ここでの「修行」とは、スポーツのゲームの場で「知性的」な行動と「愛情や生死や緊急事態」のからむ生身の行動をともにコントロールすることを示す。
冷静に、科学的に勝利をめざし、なお、現実の勝負の渦中に発生する非科学的な事態を意思によって制御する。
「このふたつのものをコントロールできる人間をスポーツを通してつくっていただきたい」。そう大学の後進に託した。
机の上のみならず、グラウンドの真ん中の知性を求め、闘争に逃げずに立ち向かい、なお汚いことをしない。
そういう人間が社会のリーダーとなっていくべきだ、と。


大西は、最終講義で「みなさんへのお願い」と前置きして、こうも述べた。

「わたしは(略)8年間戦争にいってきました。人も殺しましたし、捕虜をぶん殴りもしました。(略)そのときに、こうなったら、つまり、いったん戦争になってしまったら人間はもうだめだということを感じました。
そこに遭遇した二人の人間や敵対する者のあいだには、ひとつも個人的な恨みはないんです。
向こうが撃ってきよるし、死んじまうのは嫌だから撃っていくというだけのことで、それが戦争の姿なんです」


学校で教わった理性、知性は、戦場では「何の役に立ちません」。だから、そうなる前、戦争に突入する前に、闘争的スポーツを通じてフェアプレイを体現して、どんなに勝ちたくともここを踏み越えてはならない、という倫理を身につけた者たちが「グループをつくる」。

そのグループを「社会の基礎集団・社会的勢力(ソシアル・フォーセス)」として「戦争をさせないための人々の抵抗の環」とするのだ。


大西は、さらに「若い人たち」に向けて語った。

「権力者が戦争のほうに進んでいく場合には、われわれは断固として、命をかけてもそのソシアル・フォーセスを使って(選挙で)落としていかないと、あるところまでウワーッと引っ張られてしもうたら、もう何にもできませんよ、わたしたちがそうだったんだから」


そして「最後のお願い」で締めくくった。

「私たちは、平和な社会をいったんつくり上げたんですから、これをもし変な方向、戦争のほうに進ませちゃったら、戦死したり、罪もなく殺されていった人々、子供たちに、どうおわびするのですか。(略)ぜひそのことをお考え願いたい」


あの最終講義を講堂の隅で聴いていた。
新聞の取材のためだったが、感動してメモを途中から満足に取れなくなった。
ジャパン、早稲田大学で、峻厳に勝利をめざし、満々の気迫で勝負の醍醐味と深さを説いた人物が、その先の平和を語っている。
弱腰でなく、闘争に邁進してきたゆえの反戦論。

スポーツをするから平和なのではなく、スポーツを本当によくした者が「命をかけて」平和を守る。
その実感の迫力。当時、ラグビーの名監督の格調高い講義は話題を呼んだ。
本稿筆者もこれまで何度か各媒体で紹介してきた。


それでも、いま、この夏、原爆投下の決まった日にもういっぺん書いておきたい。

走って、倒して、粘って、それを繰り返す大接戦、どうしても勝ちたい相手に対して、たとえルールの範疇にあっても、本当に汚い行為はしない。ジャスティス(順法)より上位のフェアネス(きれい)を生きる。

すると社会に出ても、ズルを感知する能力が研ぎ澄まされる。
「変な方向」がわかる。

明日の炎天の練習が憂鬱な若者よ、君たちは、なぜラグビーをするのか。
それは「戦争をしないため」だ。