よいこのにっき。

よいこのにっき。

日常的なくだらないことを書いていきます。

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最近、人と話してると、普段していることとか、これから何をするのかとか、そんな話も出るわけ。









その中で、あれはどう?これはどう?って話してもさ。











何かをやるための理由やきっかけよりも、やらないための言い訳にエネルギーを注いでる人が多いんだ。












あれはな~・・・。


これは、あぁだし・・・。


やりたいけど、時間がね・・・金がね・・・。








物理的にどうしても!って場合は別として、時間も金も自分で工夫して、作るものだと思うんだよね。





まぁ金はどうにもならないことがあるかもしれないけど、お金をかけなくてもやれることに関しては、時間は全部自分次第だ。




たった、数分、数十分を自分の1日で都合しない。

悪いことやるんじゃないんだぜ。



やることないな~とか、暇なとき・・・って言うから


毎日、筋トレしてみれば?とか、風呂上りにストレッチしてみれば?とか、一言でも日記書いてみれば?とか、今から出来るお手ごろなことなんだけど。

もちろん、それよりもお手ごろではないこともススめてはいるけど。












う~ん・・・。




基本的には、飽きっぽいのかな。






わりと手を伸ばせば、何だって手に入りやすいし、何だって出来る時代。



手を出しては、簡単に次に移動出来るから、一つのことに集中出来ない。

常に目移りする。


だから、こう、ガッツがどんどん失われてるのかもしれない。








あれこれやっては移動を続ける内に、仕舞いには何もしたくない、めんどくさい的思考になってしまっているのか。


一つ、自分の中で一生懸命、自信も持ってやるガッツがなくなっている。









あとは、スマホやゲームとかの発達、習慣化も大きいのかもしれんな。




何をするにもスマホで完結できる。



・・・がゆえに、スマホで完結出来ないことが全て億劫になる。

便利なんだけど、便利にのまれすぎてしまって。





あとは、ソシャゲのギャンブル性もあるのかもしれない。



パチとか、競馬、競輪とか、そういうのって世間的には、あからさまな『ギャンブル』って認識があって、手を出すの避けられやすいけど、ソシャゲに関しては、そうじゃないもんな。





やってる人の話を聞いても、中身的には課金ありき、課金が命的な感じで、ガチャでレアを引く!っていうギャンブル要素が強いのに、表向きにはあくまで『誰でも手軽に出来るゲーム』でやってるわけで。






やってる人が言った。


『ガチャで、出したかったレアなのとかが出ると、脳がしびれる、あれはたまらない感覚だよ』


『いや~これなんすよ』






自分も、パチに没頭して、気持ち悪い表現的には『脳汁』というクスリ漬けみたいな経験があるから、言ってることの気持ちは分かるんだけどね。




こう、

『あ~~これこれ・・・このためなんだよ。たまんねぇ~』

って感覚。


疲れた仕事の後の一杯目の一口的なものだね。






経験したからこそ言えるけど、こういうギャンブル(まがいなものでも)による、『脳汁』って確実に人に悪い影響を与えると思ってる。






人によっては


『脳汁』のためにばんばん金を使うし(ギャンブルなら投資。ゲームなら課金か)、


勤労意欲が低下したり(これについては、物事へのやる気とか集中力にも言える。無気力。)、



色んな影響があると思うんだ。









ギャンブル系の『脳汁感覚』にドップリ浸かってると、同レベルの『脳汁感覚』のものじゃないと、多分手が出ないというか、面倒に思えるんだろうな。

興味がイマイチ湧かなくなるというか。





自分もパチンコ三昧だった時は、寝ても覚めてもパチンコのことばっかり考えてた。

演出や玉出たときのことを思い出したりね。

他のこと?

目に入りません。今まで好きだったはずのものでさえ、薄れていくんだ。

実際、まだ自分のまわりでやってる人を見てても、パチンコやスロットの話題しかないんだよね。そればっかりの話をしている。

多分、無意識的に、ぽんと思いついて出てくるのがそれなんだと思う。





同じように、ソシャゲに浸かってる人って、暇さえあれば携帯でソシャゲなんだ。

人と一緒にいてもやってるし。

電車の中とか、少しの沈黙時間とか、相手がトイレに行って待ってる間とかね。

自分のまわりはそんな感じだ。


多分、意識してやってるわけじゃないんだろう。

あ、ちょっと暇だ。無意識にポチッ

なんだと思う。



自動で、そう行動するパターンが組み込まれているんだと。





ギャンブル浸けの人のパターンと同じだ。

あ、暇だ。パチ屋いこ。

みたいな。





ただのゲームやってる感覚で、知らず知らずにギャンブル依存の人と同じような脳というか、性格になっていく。


もろなギャンブルなんかはさ、18歳以上じゃないとどうにも手が出せないようになってるけど、ソシャゲに関しては、基本的には年齢関係ないもんなぁ。




ゆえに、ギャンブルは大人のみをダメにさせるけど、ソシャゲは大人だけじゃなく、子供までギャンブル脳と同じような感じのダメにさせてしまう。




まわりの人の話や、ネットで見かける話なんかでも、明らかにエンターテイメントの域を超えてると思うし。



やっぱ、表向きは携帯ゲームだから、もろのギャンブルと違って、世間では同じような嫌な目では見られないし、ギャンブルだって認識でみんな手を出さない分、こわいんだよ。








こうしてネットありきの社会が、僕らの中で飽き性と、面倒癖が重なり、どんどん進行させる。





無気力が無気力を呼んで、自分の人生、習慣にたった一つの色をつけることさえしなくなっていく。







自分の世代20代から、10代の子、そこらへんにすごく影響が出てると感じるもの。







コミュニケーションというか、ちゃんと話をするのが苦手な人も多いと思うしね。

会話のキャッチボールとか。





仕事や学校とか、ある意味で『義務的になってること』以外でも、ちゃんと体と頭を使わないとダメだと思う。








自分ら、若い世代がどんどん何かダメな感じ、気合いのない感じに染まっていってるのが、同世代としてこわいし、どうしようもねぇなって思う。














でも、この傾向と進行は止まらないし、変わらねぇだろうなぁ。


これも時代なのか。