・・・つづき。
ここで津波の怖さについて述べようと思う。
震災後しばらくしてから、津波の被害に遭った被災地を何箇所か、訪ね歩いた。
七ケ浜町の菖蒲田浜は、砂浜に近い家はすっかり流され、土台しか残っていなかった。遠浅の砂浜はすっかり削り取られ、無数のコンテナが砂に埋まっていた。松の林は消滅していた。太くて大きく、曲がりくねった松の木が、根こそぎ倒され、遠くへ運ばれていた。残った松は、根っこだけを残して折れていた。奇跡的に無事だった松も、塩水に浸かったためか、ほどなくして枯れてしまった。
キリンビールの裏手にある、宮城野区の中野地区にある住宅街も、そのほとんどが土台だけを残して消えていた。遠くまで見渡せるため、1階部分が壊滅した中野小学校が遠くによく見えた。工場や事業所の建物は、歪み、鉄骨がひしゃげ、ガレキが突き刺さり、あるものは火事で黒く焼けただれていた。
仙台と相馬を結ぶ、太平洋を眺めながら走るルートは、道が全く分からなくなっていた。目印となる建物のほとんどが消えてしまっているからである。生活道路は津波の直撃を受け、寸断された。道路が途中から、刃物で切ったかのようにきれいに無くなっている。5センチ程のアスファルト、その下の砂利、その下の盛土、その下の地層がはっきりと分かるのである。常磐線の線路や踏切があったはずだが、ついに見つけられなかった。
私は、津波とは、海の水が急に増水し、押し流される程度の認識しかなかった。
だから、電柱や鉄塔のようなものによじ登る事ができれば助かるだろうと思っていた。
だがその認識は甘かった。
津波の足は早い。例え20センチ程度でも、逃げるのは容易ではない。
最初は足が濡れる程度でも、だんだん逃げ切れなくなる。
スネまで水に浸かった状態で、思うように走れるはずがない。
その水に大小様々なものが混ざっている。
水深が50センチもあれば、車は簡単に浮き上がる。
軽自動車でも800kg。コンパクトカーでも1t。クラウンなら1.5tはある。
それが水にただよい、流れてくる。自分の方に向かってきたら、例えゆっくりでも止めることは不可能だ。
1tもの重さを持つものに挟まれたり、上にのしかかってきたら、回避できるはずがない。
仮に電柱によじ登ったとしても、車が電柱にぶつかれば、簡単に折れてしまう。そうなったらもうアウトだ。
高い建物でも油断はできない。1階部分が水を逃がす構造になっていなければ、水圧をまともに受けて崩壊してしまう。
津波に巻き込まれてしまったら、逃げようがないのである。
沿岸部に住んだり、職場がある人は、地震と津波はセットと考えて、とにかく高台に避難することである。
車は使わない方がいい。
避難する車の渋滞に巻き込まれ、ハンドルを握ったままで多くの人が溺死している。
高台に着いたら、安全が確認できるまで戻ってはならない。
懐に現金や通帳を抱えたままで多くの人が溺死している。
集合してから避難してはならない。
集合してから高台へ避難を開始した多くの人が溺死している。
地震が起きたら、てんでバラバラに、直ちに高台へ避難し、安全が確認できるまでは戻らない。
これが鉄則である。