名古屋のシャンパンラウンジ琥珀です。
本日休業です。
昨日も全然人が入らない土曜日で終わりました。色々抜栓しているから沢山のシャンパンを処分しました。
一生懸命、営業しても殆ど利益はないです。
街には人が流れてました。
看板も目立つはずです。
安い居酒屋には人が溢れてました。
でも、大衆の多くにはシャンパンの価値は評価されません。
私ならシャンパンが気軽に飲める店が近くにあれば、毎日のように通います。
それだけ、受け入れられない商品なのだなと思います。
客入りの減少は極めて厳しいものとなり、商売として成立は難しいと判断しつつあります。
まだ、なんとか営業はしますが、もしシャンパンで商売を考えている人がいて、うちの店の真似をしたい考えがあるとしたら絶対やめた方が良いです。
予定の閉店時間までは結局やれず、帰りに通る道の真っ暗なファミレスを見て思うことがありました。
前は帰りに少しご飯を食べさせて貰ったのに、もう夜中は採算がとれないのか、残念だな。
週末の夜中に若者がデートする場所ってあるのかな、などと思いました。
コロナが世の中に残した爪痕は大きいです。
今、私の見ている限り、
安い店はパンパンに入っている店はあります。そしてそういう客層の多くはコロナとか気にしてません。
一方で高級なにおいがする世界は、殆どの店が苦戦を強いられたまま。
それが大衆心理だと思います。
前に伊勢神宮に行きました。その時に似た現象を目の当たりにしました。
とんでもない人の数が商店街に溢れて、ある特定の店に整理券をとって何時間も待ったり、喉を潤す場所を探す人、休憩する場所を探す人でごったがえしてました。
でも、二階に登ってワインや洋食を楽しめる店はガラガラで、そこにいた人達の視界に入っていない世界のようでした。確かに200円くらいで楽しめるものはないけど、ワインは500円位から設定がいろいろありました。
私は迷わずワインの店に行き、色々飲み、前菜など食べて7、8千円くらいは支払ったと思います。おそらくそういった感覚の人が神宮の客層の中では少なかったのでしょう。
名古屋の伏見の人通りがどれだけあっても、殆どの人にシャンパンの価値は伝わりません。
看板を見ても、ピンときません。
感覚の違い、感性の違いでしょうか。
一方で何の企業努力もしていない評判の良くない店がテレビで取り上げられていれば、沢山の人が寒い中、馬鹿みたいに並んでます。
右にならえの日本人の悪しき姿に見えてしまいます。
有名人が通ればキャーと言い、テレビで店を見れば並ぶ人達は私には別次元の人に見えてしまいます。
ボジョレー・ヌーボーは値上がりすれば売れず、テレビでコロナをあおれば外出を皆が控えます。
百円寿司に大衆は並び、トヨタ系の人が参加する婚活会場に並び、ごったがえすワクチン会場に並び、ミシュランの星がついたところに食事に行く予約をしたり、食べログとかで評価が高い店に出向く。
本当に大事なことは、そんな事ではないのだと言うことを私は知っています。
そんな形容しがたい何かが、シャンパンの世界に集約されている気がします。
シャンパンを家で買うのも良いですが、店で飲むことをすすめます。
持ち込みとかじゃないですよ。名古屋って店に持ち込みするの多いじゃないですか、あれ、お金に余裕ある方はやめたほうが良いんじゃないかなあ。と、私は個人的に思っています。ただ、それだけです。
ワインも然り。
言論の自由ってことで。