文壇横断 大西宏昌

Hello舛添zone Goodbye 要一zone~幸せをばら撒く猫の内閣総理大臣

要一は、健やかな日差しを浴びて目覚めた。目をこすりながら、洗顔をするため、蛇口に向かう。鏡に映った自分の頭をみて、虚しさを覚え、それを水で洗い流す。こびりついた顔の油が取れていい心持ちだ。爽快感が駆け巡る。歯を磨き、口内の歯垢を確認する。朝刊を開いて、コーヒーを呑む。テレビをつけて、ワイドショーを聴く。記事は悪意に満ちていた。偏見と虚栄の世界が広がっていた。報道はいつも嘘で塗り固まれていた。本当のことは闇に葬りさられ、嘘は公にされた。面白いか面白くないかが記事なるか否かの基準だ。事実かねつ造なのかはもはや、関係なかった。

要一は、だんだん怒りがこみあげてきた。私は悪くない。私は悪くない。私は悪くない。呪文のように唱えていた。そして盆栽をいじり続けた。

 都庁について記者会見が行われた。

「都知事、疑惑の件ですか事実なのですか」

馬鹿げている。君ら報道がまいたたねだろう?私は迷惑している。君らがでっち上げたのだ。

「そんなことよりもチェスはお好きか。あれは頭を使うのだ。すっきりするよいろんな意味で」

「都知事質問に答えてください。逃げないでください。」

何を言うか。逃げているのか。逃げているのは君ら報道で、私は丸腰だ。

「逃げてなどいません。君たちもチェスをして心すっきりしたほうがいい。こんなちんけな疑惑を重箱の隅を楊枝でほじくるように、追求していては心がくすみますよ。」

前が見えないくなるほどのフラッシュが要一を包んだ。

ノックノック。ノックノック。

「誰か居らないか。木村というものだ。猫に連れられてきた。中に入れてくれるか?」

応答なし。応答なし。静寂。

「木村くんっていうんだ。木村たくやの木村だよね。あたいファンなの」

猫だ。年齢不詳性別不詳の喋る猫。

「木村たくや。広島にいた木村たくやは好きだった。記憶に残る選手だったユーテリティプレイヤー。どこでも守った」

「野球。のほうの?あたいは疎いからわからへんけど、名わき役だね俳優で喩えるならばそれに別名ユーティリティは経済学用語で効用なの。功利主義」

「よく知っているね」

「習ったの。飼い主が教育にうるさいから」

「あたいは、経済とか政治とか習ったけど正直わかんない、だけど政府が幸せをばら撒けばいいと思うの。そうすれば、紛争も戦争もテロもなくなるでしょ。核を持つ必要もない。」

「核を持つ必要もない」簡素化されたシンプルな猫の意見に口答えする気にもならなかった。

「いい政策だ。僕の小説でも取り上げたいな。幸せをばら撒く猫の内閣総理大臣。絵になる。」

猫はクスリと上品に笑った

「絵になるだけじゃ。パフォーマンスに過ぎないじゃない。結果がすべてよ。功利主義」

いつの間にか猫の口調が老体の老人から学を付けた大学生に変わってしまったように思えた。

「君は年齢も性別も僕には不詳だ。」

「あたいは怪人二十面相なの。誰もあたいの正体を知らない。飼い主にさえも打ち明けない。それが、あたいの強み」

そこでようやく戸が開いて中から和服の女が出てきた。眠い顔をこすりながら

「こんな夜中に、客人ですかい。なら入りなさい。ここは、旅館です。ゆっくり風呂に浸かって、体を休めて飯も用意しています。鱈腹食ってください。木村様ですね。予約されておりますね。」

「え、僕はしてないけど」

「そうですかい。シルクハットのおじさんが朝着て予約していかれました。」

「シルクハットのおじさんの名前は。」

「石田スルメと言っていました。タップダンスが得意。うれしいときは踊りだす。プロのダンサーなのだと言っておりました」

「知らないなー。そんな人、見たことすらない。僕はダンスにもシルクハットにも興味がない。」そんな楽しいものがなくても僕には紙と万年筆がある。

「そうですかい。宿泊代も余分に頂いておりますから存分に楽しんでください。」

「この辺は何がありますか」

「ここら辺は、あまりにも腐敗している。政治的にね。それに創作意欲をたべちゃう鴉もいるのです。芸術家潰しの鴉でございます。」

「あと舛添ゾーンと呼ばれる政治家が隠蔽工作をするために一時的にその情報を保管するポケットのようなゾーンがあるんです。」

「舛添ゾーン??」

「ええ、前までは甘利ゾーンと呼んでおりましたが、名称が変わりまして」

「それはどういった按配なのだ。」

「ええ。その情報は鍵のついた銀色のアタッシュケースに入れられ金庫などに常時保管されております。月に一回第一秘書がその重くなったアタッシュケースを舛添ゾーンに持っていくのです。ここで、注意したいのが、舛添ゾーンへの行き方です。御覧の通り、ここはただの東京郊外ではありません。一般的な人間はこの異様な空間には入ることはできません。ある条件がすべてそろって、扉は開かれます。しかし、もっと大変なのは、出るときです。元もと舛添ゾーンは隠ぺいを隠すために作られたシステムです。だから、侵入者を異様なほど嫌います。万が一報道に携わる人間が入って、アタッシュケースを取られでもすれば、スキャンダルになってしまいます。それは、下手をすれば政治家としての死を意味します。だから、侵入者にそれに乗じた制裁を用意しているのです。結わば棘の道です。」

「死ぬかもしれないということですか」

「そういうことです。すみません私ったら喋りすぎましたね。続きはまた今度いたしましょう。いまは旅の労を労ってください。」

木村は、部屋に案内された。畳のにおいが香る趣ある。情緒的な部屋だ。庭では鹿威しが音を奏でていた。例の猫もいつの間にか着いてきていて、座布団に寝ころんでいた。