私が小学2年生の時に
高血圧で倒れた母は
一気に悲劇のヒロインになった![]()
食事制限もしなくてはいけない
少ない収入の中で
病院通いもしなくてはいけない
なによりも
母を悲劇のヒロインに追い詰めたのは
父の完全なる無関心だったと思う
メンタルのバランスを崩した母は
姉に一緒に死のうと言う![]()
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私には
「もしお父さんとお母さんが
離婚したら
お母さんの方に
ついてきてくれるよね?ね?」![]()
と
姉が隣で泣きながら
制止するにもかかわらず
必死の形相で言ってくる…![]()
ただ
これらについては
後日、母自身が
自分の精神状態の悪さ故に
私たちに不快なことをしたと
謝ってくれた![]()
ある時は
登校前の朝食中
結論から言えば
母は切れ痔だっただけ
なのだけど
トイレが真っ赤に染まったものだから
絶叫しながらトイレから出てきた![]()
「もうおしまいだ
私は死ぬんだ
死んでしまうんだーっ」
と床に突っ伏して慟哭する
すごい劇場型![]()
小学生の私たちが出来ることなど
何もない
なんなんだろーな…と
少し冷めた目で見ながら
学校へ行く準備をするしかなかった![]()
姉は私より4つ上だから
しっかりしていたし
戦力になったのだろう
しばしば体調悪く
床にふせる母の代わりに
学校を休んでまで
看病や家事をしていた
今でこそ
ヤングケアラーとかの言葉もあるし
社会がそこに気がついてくれ
始めたけれど
当時はそんなものはなかった