私が小学2年生の時に

高血圧で倒れた母は

一気に悲劇のヒロインになった照れ


食事制限もしなくてはいけない

少ない収入の中で

病院通いもしなくてはいけない


なによりも

母を悲劇のヒロインに追い詰めたのは

父の完全なる無関心だったと思う


メンタルのバランスを崩した母は

姉に一緒に死のうと言う滝汗滝汗滝汗


私には

「もしお父さんとお母さんが

離婚したら

お母さんの方に

ついてきてくれるよね?ね?」ニヤニヤ


姉が隣で泣きながら

制止するにもかかわらず

必死の形相で言ってくる…滝汗


ただ

これらについては

後日、母自身が

自分の精神状態の悪さ故に

私たちに不快なことをしたと

謝ってくれたショボーン


ある時は

登校前の朝食中

結論から言えば

母は切れ痔だっただけデレデレなのだけど


トイレが真っ赤に染まったものだから

絶叫しながらトイレから出てきたチーン


「もうおしまいだ

私は死ぬんだ

死んでしまうんだーっ」


と床に突っ伏して慟哭する

すごい劇場型滝汗



小学生の私たちが出来ることなど

何もない


チーンなんなんだろーな…と

少し冷めた目で見ながら

学校へ行く準備をするしかなかったニヤニヤ


姉は私より4つ上だから

しっかりしていたし

戦力になったのだろう


しばしば体調悪く

床にふせる母の代わりに

学校を休んでまで

看病や家事をしていた


今でこそ

ヤングケアラーとかの言葉もあるし

社会がそこに気がついてくれ

始めたけれど

当時はそんなものはなかった