ボスニア・ヘルツェゴビナがW杯初出場出場を決めた裏には、オシム氏の地道な交渉があった。セルビア、イスラム、クロアチア系の3つの民族が同居するボスニア・ヘルツェゴビナは、内紛により20万の人々が亡くなったといい、いまなお根深い民族感情の対立があるという。そうした中、オシムは、脳梗塞による後遺症をかかえながらも、民族ごとに3つに分裂していたボスニア・サッカー連盟を1つにまとめあげた。
憎しみあった人びとを結びつける、サッカーにはそんな力があるのだろうが、オシム氏は、自分は何もしていない、人々が1つになりたいという想いがそうさせたと謙虚に語ったという。