日本橋の商家の出でありながら14歳で芸者遊びを覚え放蕩三昧。16歳で貸本屋に奉公するが、真面目に働くこともなく、読書三昧の毎日。沢山の本を読み、俳諧・茶番劇を嗜むことで戯作者としての才能をみるみる発揮した、いわゆる天才肌。27歳の若さで江戸に三つしかない一座のトップ作家まで登りつめる。

人の情に厚く、歌舞伎界きっての人格者であり、色に溺れず贅沢を好まない。
「お客様に親切に、俳優に親切に、興行主に親切に」の「三親切」を念頭に作品を作り続け、その美しい七五調の台詞は「日本のシェイクスピア」と称される。歌舞伎の歴史上、最も多く作品が上演されている狂言作者。




『カゲキ・浅草カルメン』での黙阿弥こと河竹新七は、過渡期の部分が描かれています。
「白波物」(悪党と主人公とする世話物)の作家として有名な黙阿弥ですが、愚鈍や歌二郎といった"市井に根付いた悪党たち"と出会う事で白波作家として成功した、というプロセスの部分をフィクションとして望月さんは描いた。
若い頃の"放蕩三昧"~"立作者としての成功"の間。その間の新七の心中を埋め尽くす感情は「覚悟」と「狂気」でした。


商人という身分を捨て、賎民に堕ちる覚悟


来たる幕末動乱に対して、時代を俺に描かせろという狂気


自分の芝居、全てのシーンでそれを表現し切れていたかはわかりませんが、そんな過渡期の河竹新七を演れたことは本当に良かった。


「最後の口上、色んなお客さんに褒められたろ!褒められたらちゃんと実感して、自信にしなきゃダメだぞ!」

と望月さんから言われましたが、たぶん一番褒めてくれたのは望月さんです。望月さんありがとうございます。



黒船が到来した1853年『都鳥廓白波』で名実共に看板立作者となった黙阿弥。
そんな黙阿弥の見た未来はどんなだったんだろう。

自分も今年で30歳です。
日本の未来を…なんて大仰な事は言えませんが、自分の事と自分の周りに居る人の未来くらいはきちんと見られる様になりたい。

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『カゲキ・浅草カルメン』に関わった全ての皆様、本当にありがとうございました。

そして、ありがとう新七。


渡辺 宏明