母が永眠して10数年が経っている。
しかし…
未だに母は私に絶大なる影響力を持っている。
母の病が発覚してから1年、すべての仕事を辞め母の看病をしていた。
その時に母は、いろいろな事を教えてくれた。
いまでもその頃のことを忘れていない。

母は、とても純粋で無邪気な人だった。
幼い頃は良家に育ち、その後に没落し苦労したらしい…。
そのためか?なんとも浮世離れした人だった。
「世が世であれば…」という変なフレーズが口癖だった。
今の時代、自分たちを思うと
母は「早く永眠」して本当に良かったとも思う。
きっと今の世の中では
母は大変なことがいっぱいあっただろうと思うから…。

母の一生…彼女の歴史をもっとゆっくりと聞きたかった。

病床で
「病が治ったら、歌舞伎座で自分の踊りの会をやりたい」と
願っていた母。
当時は「???」でも「きっと叶えてあげる!」と約束していた。

先日、この無邪気なわがままの謎がとけた。

母は、日舞藤間流師範の免除をもっていた。
とても艶やかに踊る人だった。
母は、日舞をやっていた自分をとても好きだったようで、
藤間の家にとって意味ある場所「歌舞伎座」で思いっきり踊りたかったんだと思う。

彼女が願っていた人生は、
私たちの母としての人生ではなく、一人の人間として舞台に立つような人生だったのだろうか?
母は、日舞の師として、私に稽古をつけてくれた事がある。
「筋がいい」と褒めてくれたことがある。「私の子だから…」と笑っていた。
母は、できれば私を師範にして、自分の夢を託したかったかも???

人を笑顔にすることが本当に好きだった母が私に託したかったこと。
そんな事を勝手に思い、
自分が生きている時間の言い訳にしているのかもしれない…。

やっぱり、母に聞いておけばよかった。