救急車🚑に乗った私は不思議と冷静だった
産科のN先生がついてくれて、その間NSTつけてモニタリングしてくれていた。
その間に、今後起きるであろうことを色々説明してくれた
“赤ちゃんの状態が元気がなくて、よくない”んだろうと理解しつつも詳しいことはわからなかった
それでも、
「着いたらおそらく帝王切開で出産する事になります。」
「通常は腰から麻酔をかけて行うけど、効くまで時間がかかるので、赤ちゃんのことを考えて全身麻酔による帝王切開になるかもしれない」
との事でした。
救急車の中で、お腹がギューっとなる感覚が出現し、それが定期的にでてきた。(陣痛?)
そのギューっとなるたびに、少し赤ちゃんの心拍が低下した。
私は今の状況をうけとめつつ、『夕方、産科に話しに行っててほんとに良かった』と考えていた。
もし、行かなければ、自宅か帰る途中かで
このお腹のギューっとなる感覚が出てきて、かなり焦っていた頃だろう…
T病院には都市高速使って搬送されていた。
途中、渋滞で何度か止まりながらも無事に着くことができた
救急車のストレッチャーから降ろされて
T病院のO先生が挨拶してくれた
そして、救急車の中でモニタリングしていたNST見て
『お母さん、これからこのまま手術室に向かいます。
最悪、赤ちゃん亡くなるかもしれない。
けど、早くだしてあげよう』
正直、急に赤ちゃんが亡くなるかもしれないと言われてかなり動揺しました。
そんな事は先生からはなんにも聞いてなかった
けど、
『お願いします…』としか言えなかった
救急車のストレッチャーのまま、手術室に運ばれ、手術室のベッドに運ばれました
真っ裸にされ、尿管を入れられると、
麻酔のマスクを鼻と口に当てられました。
これが苦しくて…
息をしたいのにできない…苦しい…
おそらくこれで、麻酔がきいて眠ってしまったのでしょう
ぼーっとした中、覚えているのは
病棟の個室に入り、色々バイタルを測られて
娘を抱っこした主人が来てくれた。
“手術終わったんだ”
赤ちゃんは?
朦朧とする意識で、一番最初に誰から聞いたのか覚えてないけど
先生なのか、主人なのか…
でも『生きて産まれてくれた』ということを知った
麻酔の影響で、目が覚めたり、ねむったりで、視界もコンタクト外しているせいもあり、ボヤーっとしてる記憶しかない。
私の両親と主人のお母さんが、来てくれて声かけてくれたりしていた
執刀してくれたO先生が来てくれて
「赤ちゃん、緊急的に、お腹からだして生きてます。赤ちゃんのことは小児科の先生が説明に来てくれると思います。」
「赤ちゃんの動きが悪いなって思って病院に行ったんだっけ?
よかったね、あと30分でも危なかったかなぁと思うし、明日まで様子見てたら、赤ちゃんお腹の中で確実に亡くなってたよ。」
と…
お腹からだしてあげて良かったという気持ちと、赤ちゃんに申し訳ない気持ちと、色んな気持ちが交錯していました。
そして、救急車でついて来てくれたN先生にも、手術に入ってもらったとも話してくれました。
緊急だったので、産科のDrが手薄で手伝ってもらったとのことでした。
この日、主人は泊まってくれました。
娘は主人のお母さんと、主人の妹さんが連れて帰ってくれてお世話してくれたみたい…
ほんとに突然のことだったので、みんなが協力してくれました
そして、みんなが心配してくれた
ほんとにほんとにありがとう
家族のありがたみを再認識した日でもありました
つぎは、産まれてからのことを書きたいとおもいます…