西宮市、越木岩神社のリポートをしてゆきます。

この石垣は、1995年の阪神大震災で石がこれ以上ズレないようにつくられたものです。
石垣のすぐ左手に、大阪城の石垣の材料に取り分けられた識別マークが彫られた跡があり、白く塗ってわかりやすくしています。
ひとつの巨大な石垣に割れ目が入ったのでしょうか?
誰かが積み重ねて置いたのでしょうか?
長い年月、風雪に耐え続け、このバランスで乗っかっているのでしょう。
しめ縄は細く見えますが、実際には運動会の綱引きに使うやつの半分くらいはあります。
まわりにも意味ありげな巨石が点在しています。
祠まで天然石で作ってあります。
クサビを打ち込んだ跡が残る石もあります。
大阪城の石垣に使おうとして、断念したようです。

こちらは北ノ磐座。 阪神大震災で崩れたそうですが、ほぼ元通りに積み直したとのこと…男根石とも呼ばれているとか…
南側の樹木が伐り払われ、阪神間の市街地を見渡せる広場もありました。それほど標高は高くありませんが、大阪付近は平地が続くため、その向こうの和歌山あたりの山脈まで見えました。
摂社・末社もあります。不動明王像です。
クサビで直線的に切り出された石です。
旧タイプの鳥居もありました。
ヤキンとボアズを連想させる石柱です。
しめ縄からギザギザの紙が垂れ下がる様子は、雲から稲妻が出て来るイメージですよね。
最後に御朱印をもらいました。 右側は石の宝殿がある生石神社、左は新しい越木岩神社。
巨石マニアだとバレバレの組み合わせです。
帰り道、車の中から、甲山の遠景です。 どの方向から見ても美しい、なだらかな曲線の山です。

芦屋・西宮・宝塚・神戸市の境界近いこのあたりは甲山巨石群と呼ばれ、甲山森林公園にも似たような巨石がゴロゴロあります。

それはただの偶然ではなく、超古代文明の遺跡ではないか?という説もあります。

私はこれまで、イスラエル人が日本列島に移住して来たという、いわゆる日ユ同祖論に関する考察をして来ましたが、それは順序的に「ユ日同祖論」と言えますが、このカタカムナ文明と呼ばれる超古代文明は、イスラエルよりも前から存在していたということです。

しかもそれはイスラエル(ヤコブ)の祖父であるアブラハムがいたシュメール文明と関わりがあるとも解釈できる、竹内文書という記録まであるというのです。

六甲山は、特別な謎の隠されたミステリーエリアなのかもしれません。