エチカの鏡
昨日のテーマ
死ぬ時後悔すること
後半少ししか観れなかったんだけど、死期の近づいた方が人生を振り返り、どんなことを後悔するのかを紹介してました
最後に紹介されたおじいさん
献身的に看病してくれる奥さんに対して、感謝の言葉を口に出して言えないから先生から伝えてほしい。と医師に頼んでいる場面には涙が出た
アタシはまだまだ生きるつもりだし、ヘタすりゃ200歳くらいまで生きれんじゃね?くらいの気持ちでいるんだけど…
今、この歳での後悔はいろいろあるけどね
いっぱい旅行行っときゃよかった
とか
もっと遊んどきゃよかった(十分やろ!っつうツッコミはムシ)
とか
もっとバンド続けりゃよかった
とか
あの日彼と別れなければ…
ウソウソ
…やっぱちょっとホント
とかね…
でも昨日観て感じたのは、自分が死ぬ時に後悔することじゃなく、誰かを送る時にその人を少しでも後悔なく送ること
ここからちょっとマジメに…
アタシの従兄は、数年前50代で亡くなった
アタシからすれば従兄というより叔父に近い感じ
従兄は事故で亡くなった叔母の息子
結婚後、同居していた叔母とうまくいかなくなり、家を夫婦で出てしまい叔母とは絶縁状態だった
叔母はとんでもなくワガママ気ままな性格だったので、同居は大変だったのはアタシにも理解できる
でも叔母が事故に遭い、連絡先はわかっていた従兄に親戚が連絡をして、病院へは来たものの、集中治療室へ運ばれた叔母を見ても
なんで呼んだんや
と悪態をついて帰って行き、葬儀にも姿を見せなかった
その後10年以上会うこともなく、その存在さえ忘れかけてた時、人伝に飛び込んできた知らせは、従兄が余命幾何もない病だというものだった
母は従兄の姉と病院へ見舞いに行った
すぐどうこうという病状ではなく見た目は健康体と何ら変わらなかったそうだ
事情が事情だけに他の親しくしていた親戚に知らせるべきか否かを迷っていた母に、回復する病気じゃないのだから知らせるべきだとアタシは言った
きっと従兄は逢いたいのに違いないと思ったから
母はおつきあいのあった親戚だけに知らせ、みんな見舞いに行ったらしい
母にみんなに知らせるように勧めた当のアタシは病院には行ってなかった
田舎の広い一戸建てに寂しくひとり暮らしていた叔母の姿が頭から離れなかった
従兄とは会わず終いでも構わないと思っていた
いよいよ従兄の病状が深刻になり今日明日をも知れない状態になり、母に
後はあんただけやから…病院へ行っちゃりよ
そう促され、それでもそのうちにと思ってたアタシの背中を義母が押した
当時、朝から仕事、終わってすぐ家へ帰って娘の幼稚園バスを迎える毎日を送っていたアタシに、仕事を早退してでも会いに行くように義母に言われ、さっそく翌日義母に言われたように病院へ向かった
高校球児だった従兄の体はやつれアタシの記憶の従兄の姿とはほど遠かった
アタシの顔を見て、体に管を繋がれているのに起き上がろうとしながら、
相変わらず細いな…昔と変わってへんわ…
と、か細いながらはっきりと話した
もう3人の子持ちのオバチャンやで。また子どもたち連れてくるわな
そうアタシが言うと、うんと小さく頷いた
その日の夜、従兄は息を引き取った
葬儀は休日だったので、アタシは約束通り子どもたちを連れて行った
後で聞いた話では、アタシが行った日にはもうとてもじゃないけど体を起こせるような状態ではなく、会話もままならなかったらしい
アタシが行ったことで、気力で少し元気が出たのだろうと、最後の会いた人に逢えてよかったと従兄の奥さんは言った
アタシの娘の幼稚園バスは、従兄の病院の前の道を走っていた
それを母から聞いた従兄は、まだ体が動ける時、窓の外を見ながらバスを見つけ、あのバスに乗ってんのかなぁと会ったことのないアタシの娘の姿を追っていたそうだ
これは数年前の11月のこと…
そしてもうすぐ叔母の命日もやってくる
二人は、別々の仏壇に祀られている
従兄の意思か、奥さんの一存かはわからない
二人は今遠い世界でどうしているだろう…
アタシは二人に少しでも後悔なく逝く手伝いが出来ただろうか?
そんなことをちょっと考えてみたりなんかしちゃいましたとさ
明日は雨だってさ~
でも心晴ればれでいきましょ
ほなおやすみなさいませ
m(_ _)m
死ぬ時後悔すること
後半少ししか観れなかったんだけど、死期の近づいた方が人生を振り返り、どんなことを後悔するのかを紹介してました
最後に紹介されたおじいさん
献身的に看病してくれる奥さんに対して、感謝の言葉を口に出して言えないから先生から伝えてほしい。と医師に頼んでいる場面には涙が出た
アタシはまだまだ生きるつもりだし、ヘタすりゃ200歳くらいまで生きれんじゃね?くらいの気持ちでいるんだけど…
今、この歳での後悔はいろいろあるけどね
いっぱい旅行行っときゃよかった
とか
もっと遊んどきゃよかった(十分やろ!っつうツッコミはムシ)
とか
もっとバンド続けりゃよかった
とか
あの日彼と別れなければ…
ウソウソ
…やっぱちょっとホント
とかね…
でも昨日観て感じたのは、自分が死ぬ時に後悔することじゃなく、誰かを送る時にその人を少しでも後悔なく送ること
ここからちょっとマジメに…
アタシの従兄は、数年前50代で亡くなった
アタシからすれば従兄というより叔父に近い感じ
従兄は事故で亡くなった叔母の息子
結婚後、同居していた叔母とうまくいかなくなり、家を夫婦で出てしまい叔母とは絶縁状態だった
叔母はとんでもなくワガママ気ままな性格だったので、同居は大変だったのはアタシにも理解できる
でも叔母が事故に遭い、連絡先はわかっていた従兄に親戚が連絡をして、病院へは来たものの、集中治療室へ運ばれた叔母を見ても
なんで呼んだんや
と悪態をついて帰って行き、葬儀にも姿を見せなかった
その後10年以上会うこともなく、その存在さえ忘れかけてた時、人伝に飛び込んできた知らせは、従兄が余命幾何もない病だというものだった
母は従兄の姉と病院へ見舞いに行った
すぐどうこうという病状ではなく見た目は健康体と何ら変わらなかったそうだ
事情が事情だけに他の親しくしていた親戚に知らせるべきか否かを迷っていた母に、回復する病気じゃないのだから知らせるべきだとアタシは言った
きっと従兄は逢いたいのに違いないと思ったから
母はおつきあいのあった親戚だけに知らせ、みんな見舞いに行ったらしい
母にみんなに知らせるように勧めた当のアタシは病院には行ってなかった
田舎の広い一戸建てに寂しくひとり暮らしていた叔母の姿が頭から離れなかった
従兄とは会わず終いでも構わないと思っていた
いよいよ従兄の病状が深刻になり今日明日をも知れない状態になり、母に
後はあんただけやから…病院へ行っちゃりよ
そう促され、それでもそのうちにと思ってたアタシの背中を義母が押した
当時、朝から仕事、終わってすぐ家へ帰って娘の幼稚園バスを迎える毎日を送っていたアタシに、仕事を早退してでも会いに行くように義母に言われ、さっそく翌日義母に言われたように病院へ向かった
高校球児だった従兄の体はやつれアタシの記憶の従兄の姿とはほど遠かった
アタシの顔を見て、体に管を繋がれているのに起き上がろうとしながら、
相変わらず細いな…昔と変わってへんわ…
と、か細いながらはっきりと話した
もう3人の子持ちのオバチャンやで。また子どもたち連れてくるわな
そうアタシが言うと、うんと小さく頷いた
その日の夜、従兄は息を引き取った
葬儀は休日だったので、アタシは約束通り子どもたちを連れて行った
後で聞いた話では、アタシが行った日にはもうとてもじゃないけど体を起こせるような状態ではなく、会話もままならなかったらしい
アタシが行ったことで、気力で少し元気が出たのだろうと、最後の会いた人に逢えてよかったと従兄の奥さんは言った
アタシの娘の幼稚園バスは、従兄の病院の前の道を走っていた
それを母から聞いた従兄は、まだ体が動ける時、窓の外を見ながらバスを見つけ、あのバスに乗ってんのかなぁと会ったことのないアタシの娘の姿を追っていたそうだ
これは数年前の11月のこと…
そしてもうすぐ叔母の命日もやってくる
二人は、別々の仏壇に祀られている
従兄の意思か、奥さんの一存かはわからない
二人は今遠い世界でどうしているだろう…
アタシは二人に少しでも後悔なく逝く手伝いが出来ただろうか?
そんなことをちょっと考えてみたりなんかしちゃいましたとさ
明日は雨だってさ~
でも心晴ればれでいきましょ
ほなおやすみなさいませ
m(_ _)m
お片付け~♪
何を?
扇風機

ハイ今ごろ


我が家では
扇風機を片付けてファンヒーターを出す
ファンヒーターを片付けて扇風機を出す
という入れ替え方式を採用しております

朝晩寒くなってきて、早くファンヒーター出さなきゃと思ってたから…
インフルエンザ感染を免れた長男ひっつかまえて扇風機
を片付けさせて
アタシはファンヒーター出して灯油も入れて

今夜から暖かくして夜更かし
できるぜぃ

さっき旦那から
今日晩ご飯いらんから
と
があったので今夜は手抜き
楽チン楽チン


ほなまた

ありがと~♪
ご心配おかけした次男ですが、今日はすっかり熱も下がり、食欲も戻ってきました
ありがとうございました
もう感染しない娘がマスクで防御
アンタモウウツレヘンカラ〓
うつってはいけない長男が学校サボれるからうつしてくれ~とノーマスクでうろちょろ
コラコラヤメンカイ
今朝出掛けに
お前うつらんように気ぃつけぇよ
と旦那
あら~
心配してくれちゃって~
オレ仕事休んだるけど家のことすんのイヤ
とっとと行きやがれぃ
今のところ、不純な長男と鋼鉄の母は無事です
ほなまた