教育の義務、見直し論
大学を卒業させるまでに、子ども1人当たり2500万円以上かかります。
2人いれば5千万円必要になります。
これは平均的なサラリーマンの生涯賃金 3億円の20%にあたります。
税金や社会保険で20%、マイホームや家賃等で30%支出すれば、残りは約1億円。
90歳まで生きるとして、毎年140万円がその他の食費、衣服、医療、保険、娯楽に使えるお金となります。
食費、雑貨等で5万円、保険で3万円とすれば、毎月手元に残るのは3万円。
車を買ったり、家族で海外旅行したりしたら、赤字になってしまいます。
子どもの教育はお金がかかりますが、大切なので削るのは最終手段という人は少なくないでしょう。
しかし、これは大きな間違いです。
子どもには借金をして教育を受けさせた。その間自分は、勉強する時間はなく、お金の為に一生懸命に働いた。
そのお蔭で子どもは高収入を得られるようになった。
しかし、今、自分は雇用情勢が厳しくなり、十分な収入を得られなくなり、子どもに頼らざるを得ない・・・。
子どもが平均の3倍以上稼いでないのであれば、せっかくの教育に対する投資はプラスとは言い切れません。
教育が必要なのは、子どもだけではありません。
公共の福祉のために、働く私が教育を受けることは同等に重要なのです。
これには誰もが異論はないと思いますが、いかがでしょうか。
国民の3大義務の1つである「教育を受けさせる義務」を見直し、「教育を受ける義務」を追加すべきだと思います。
教育は継続的に受けるべきもので、勤労の質量の向上と納税の増加を支える重要な要素と定義すべきだと思います。
勉強は毎日やらなければ忘れてしまいますから、社会に出てからも、退職した後も、年齢に関係なく行うべきです。
そして単に働いて税金を納めればよいというものではなく、常に仕事のスキルアップを果たし、効率よく稼ぎ、たくさん納税すべきです。
また、直接的に収入を得ていない人も、納税する人の足を引っ張らないことは当然のこと、むしろ強力に勉強して支援してほしいものです。
ということが、教育の義務の見直しの趣旨です。
さて、日本国憲法(第3章 国民の権利及び義務)にこう書かれてあります。
| 第12条(自由及び権利の保持責任と濫用禁止) この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によって、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであって、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負う。 第26条(教育を受ける権利、教育の義務) 第27条(勤労の権利義務、勤労条件の基準、児童酷使の禁止)
第30条(納税の義務) |
第12条では、権利の行使は「常に公共の福祉のために」行いましょう、とあります。
権利の対になる義務については何のために果たさなければならないか明記されていません。
なぜ義務が定められていて、義務を果たさなければならないかを当然のこととして考えれば、権利同様「公共の福祉のため」でしょう。
では、「公共の福祉のため」に定められている3大義務があります。
・教育を受けさせる義務
・勤労の義務
・納税の義務
「勤労」と「納税」はお金に直結していますからわかり易いでしょう。
要は、働いて国に奉納しろということです。
では「教育」がなぜ義務になっているのでしょうか。
単に基本的人権とか、文化とか、個人の幸福のためということでは、本来ないと思います。
先述したように、なぜ義務が定められているのか確認すれば、「公共の福祉のため」ですから、教育は公共の福祉のために行われなければなりません。
私はここで大きな疑問を持ちました。
「勤労」と「納税」は自分が行うものであるのに対し、「教育」は「受けさせる義務」であって、「受ける義務」ではないのです。
つまり、誤解を恐れず平たく言えば、自分の子どもに勉強させればよく、自分は勉強しなくてもいいのです。
しかし、誰もが経験があるように、勉強はしなければ忘れてしまいますから、継続的に実施されなければなりません。
日々の暮らしの中で継続的に使われるものは、記憶や手に残りますが、そうでないものは時間とともに目減りしていきます。
働く者のビジネススキルの向上は、個人や企業の付加価値を高め、両者の収入を高め、納税額を増やすことにつながる可能性があります。
実際、組織で働いていると、勉強しない人は足を引っ張る結果をもたらすことが少なくありません。
単独で働くにしても、競争がありますから、やはり勉強して向上していくことは組織の中にいるよりも強く求められます。
なお、ここでいう勉強は何も本を読んだり学校に行ったりするという教義の意味ではなく、知識や技能の向上を伴ったすべての活動を意味します。
また、「勤労」と「納税」は全国民が負っているのに、「教育」の義務は負っていない人もいるのです。
それは「保護する子女」がいない人たちです。子どもがいない人は憲法でいう教育の義務はないのです。
これでは国民の3大義務とは言えません。
「教育を受ける義務」であれば、子どものいない人、夫婦であっても等しく義務を持ち、その裏返しである権利も有することができるのです。
「教育を受ける義務」があれば、仕事や生活では常に勉強することが義務として求められます。
自然、文化的な質の向上も期待されます。日本の国際競争力が高まり、収入が増加することも期待できます。
少子高齢化に伴う歳入減、歳出増を反転させることも期待できます。