地震と津波から学ぶこと(4)
今回も引き続き「地震と津波から学ぶこと」シリーズですが、原発について考えてみたいと思います。
東電福島第1原発の事故は、地震や津波と同じく、自然が引き起こしたものではないかと思うようになってきました。
たまたま大きな地震が発生して、想定外の津波がおきたために原発の事故が起こってしまった、とは言えないと思うのです。
これは偶然ではなく、必然なのではないかと思うのです。
その説明を始める前に、「フラクタル」をご存知でしょうか。
あるものを上空から見た場合と、その一部を電子顕微鏡で見た場合とで形が同じもの(自己相似)を言います。これらの図はフラクタルの例です。どんなに倍率を大きくしていっても同じ形が見られます。
人の体は細胞単位で、異質なものが入ってくると、外に出そうとしたり、殺そうとする活動が起こります。
これにより、身を守ろうとしているのです。
あるグループに、絶対に性格が合わない人が加わろうとした場合も排斥されます。
人の細胞単位の活動、個人の活動、グループの活動にもフラクタルが見られます。
自然界で受け入れられないものを作り出すした場合、排斥されることはここから説明できそうです。
ところで、東電福島第1原発の事故は、問題が連鎖しており、1つずつ解決しなければならないという状態がずっと続いています。
しかもそれぞれの問題は大きく複雑で、容易にクリアできるものではありません。
その第一歩である使用済核燃料プールからの燃料棒の取り出しでさえも、建屋が崩壊してしまっており、思うように手が届きません。
これから10年単位で廃炉を進めていくことになると言われていますから、この数10日間はほんの始まりに過ぎません。事故でなくても、核燃料は10年以上冷却し続けなければならず、しかも決して放射能はゼロになることはないのです。極めてゼロに近くなるのは数千年後です。
25年前に爆発事故を起こしたチェルノブイリ原発では、今なお、半径30キロ以内は放射線量が高く、人が住める状態ではありません。廃炉作業は継続中ですが、一方でコンクリートの劣化が進みひび割れが起きています。今度周辺国からお金を借りて、シェルターで覆う予定です。
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1999年9月に茨城県東海村にあるジェーシーオーで起きた臨界事故で、被ばくした方の治療についての記録映像を観てみてください。何と、ウランの液体をバケツを用いて沈殿槽に入れていた時に、次々に核分裂反応がおきたのです。その瞬間、青白い光線が放たれたと言います。
余談ですが、以前一緒に働いていた私の同僚が近くの会社で働いており、避難要請が出たのは5時間後だったそうです。

NHK取材班「被ばく治療83日間の記録」1(YouTube)

NHK取材班「被ばく治療83日間の記録」2(YouTube)

NHK取材班「被ばく治療83日間の記録」3(YouTube)

NHK取材班「被ばく治療83日間の記録」4(YouTube)

NHK取材班「被ばく治療83日間の記録」5(YouTube)
放射能の恐ろしさは、人体にとっては治療方法がないということです。
DNAが破壊され、新しい細胞が作られなくなり、皮膚が失われていくため手の打ちようがないのです。
自然界に対しても、放射能の量を減らす、あるいは生物から完全に隔離する技術が確立されていないのです。
『奇跡のリンゴ―「絶対不可能」を覆した農家・木村秋則の記録』にこういう一文があります。
自然が人類の事情を斟酌することはない。不自然な環境どこかに生じれば、それを元の自然に戻そうとする力が働く。
人間は自分たちの手に負えないものを作ってしまった。
自然界に生息する生物に危険を及ぼすものである。
しかも、その処分技術を確立するよりも先に使い始めてしまった。
そこで、「元の安全な環境に戻そう」という力が作用していると見ることができるのです。
一方で、原子力発電は、CO2を排出しないし、底をつきそうな化石燃料も使わないので、エコだという意見もあります。ただし、「きちんと管理できるならば」という前提付きです。
「隕石の直撃など、何でもかんでも対応できない。」と、原子力の安全を守る人が話したそうですが、本当にそうでしょうか。 原発ゼロとまでいかなくとも、その数を減らすだけでもリスクは随分と下げられます。
私は改めて電気の使い方など、生活を見直したいと思っています。
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