頂いたタケノコはステーキにしました
イカスミパスタは主人作
母に貰った新村こうじみそ商店の塩麹
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小原農園さんの豆腐で作った塩麹豆腐は、山葵醤油で
キャベツ沢山頂いたので、手羽先とキャベツのトマトスープ
残りのキャベツは、次の日に、お好み焼きに小麦粉とかソースとマヨネーズは、オーガニックのモノで頂く。
よしなも頂き、胡麻和えに、残りは昆布〆に
命を頂くという事は、生きるという永遠のテーマで、多分死ぬまで模索するんだと思う。
ネイティブの方のように、命を頂く時、祈りや儀式を行なって魂を祀って
そのバッファローとかだと、ツノや、油、毛皮まで全てを頂いて、余す事無くその全てを頂くという事
命の移し替えがなされる事をしなければいけないと思ってて
その命を絶つ所から自分の手で行わず、その絶つ事を誰かに押し付け、その絶つ事をしてくださる方は、日々、罪悪感を持ちながら絶つ行為をされてて
私は、その部分に関しては、いつもノータッチで手も汚さず食べて長らえてる事に、いつも違和感感じる
その違和感感じなくていいベジタリアンな時は、20代の頃、凄く気持ちが楽だったけれど…
では、野菜なら動物と違って、血を流さないからいいのかと言うと、そんな事無くて
野菜も命そのもの
なんで、神様は、他の命を奪わないといけない世界を作ったのか
植物のように光合成だけで生きれないのか
学生の頃凄く悩んだ…
今は、そんな気持ちさえ、日々の雑多な事に紛れて見ないようにしている。
野菜は、自分で命を頂く所からできるけど
、余す事無くしてるかと思ったら、葉とか腐らせたりして、ヘタ大きく切ってしまったりしてて、それは命を粗末にしている。
動物の命の全てを頂く行為は出来ないし、まだ、誰かに委ね無いといけない環境だけれど
せめて、野菜は、余す事無く頂こうと思う。
その日々の台所の中に教えが沢山ありますね…