あの日から丸一年がさっき経過しました。

今でも鮮明に思い出します。


吹雪く寒空の下、着のみ着のまま教室から逃げ出した子供たちが校庭で身を寄せ合い、震える子、泣き叫ぶ子、青ざめて駆け寄る父兄。


そんな中も余震は続く。


身体の奥から震え、我が子を抱き締める事で必死に冷静を保ち…


今故郷が津波で混乱してるなんて考えもせずに帰宅。


道路は瓦礫で道が塞がれ、渋滞で車は先に進まない。

友達の前では気丈にしていた娘らも何かが切れたように車内で泣き叫んでいた。

私も見えないよう涙した。

その日から無我夢中だった


あれから一年。


やっとここに書き記せた。でも忘れない。許せない。


今日はお義母さんも旦那もお出かけひらめき電球


あ~~天国~キラキラキラキラ


お義母さん…いつでも気兼ねなくお出かけ下さいキラキラキラキラ
今日も蒸し暑い一日でした。

昨日の新聞では福島市の子供達の放射能検査で反応がでたとの記事が…


毎日マスク掛けさせて、この暑い中肌を露出させないよう、長袖を着せ、娘の幼稚園では毎月避難の為に転出される方も…


娘は「また〇〇ちゃんが引っ越しするんだって」…せっかく仲良くなったお友達がまた一人減っていきます。

娘が卒園する来年の3月には、何人一緒に式を迎えられるのでしょうか。


引っ越しを告げるママ達は、地元に残る私達に申し訳なさそうに報告します。


やりきれない気持ちをそれぞれ抱えながら毎日を過ごしています。


主人が休みの時はなるべく放射能数値が低い地へ出向き、子供達がマスクを取って遊べる環境へ行くようにしています。


未だに福島ナンバーをまじまじと見る人も居ます。


空気だけでも吸わせたい…その想いさえ差別の目を向けられるのでしょうか。