TVアニメ『葬送のフリーレン』公式スターティングガイド少年サンデーグラフィック（原画集・イラストブック） [ 山田鐘人 ]

楽天市場

漫画原作のアニメ化の難しさ

漫画のアニメ化作品というのは多いが、原作を超える評価を得るのは非常に難しい。

小説原作とは異なり、ストーリーだけでなく絵柄や世界観、キャラの解釈も漫画が基準となり、しかもそれが面白ければ面白いほどアニメ化作品のハードルは高くなるのだ。

アニメ版「葬送のフリーレン」の出来栄え

今回のアニメ化に際して、正直これ程クオリティの高い作品になるとは予想もつかなかった。

しかも、これ程原作に絵柄やストーリーが忠実でありながらこれほど食い入るように見入った作品もかなり珍しい。

私が惹きつけられたのはその原作の面白さだけに頼らない、純粋にアニメーション作品としての質の高さだ。

画面全体から感じる雰囲気は一見すると全体的に淡い色合いでどこか焦点のボケた印象が強い。

輪郭線が非常に細く、陰等も含めて黒をあまり使用していないためコントラストが弱めでシャッキリとした感じが足りないためだと思われる。

普通に考えれば黒を効かせた方が綺麗に見えるはずなので何故そうしないのかは不思議だが、原作漫画自体線が細く繊細な絵柄なのでその雰囲気を壊さない為の配慮なのだろうか。

だが、細部を見ていくと至る所に手書きにこだわる姿勢が感じられて非常に奥深さを感じるのだ。

CGは背景や魔法の場面等で非常に限定的な使い方をする程度で、人物はモブキャラに至るまで手描きで、しかも細やかに描写されている。

一見全体的な動きは少ないように感じるが、逆に特に動かさなくとも良いような些細な部分で意外なほど細かな所作を挿入しているのだ。

例えば分かり易い所では後期オープニングの描写で、冒頭のフリーレンが立ち上がった時に何気なく服の埃を落とす所作や、仲間と合流して動き出す時の各キャラの振り返りや歩くタイミングがバラバラであったりといった至極当然の動きを当然の様に見せているのである。

これらは案外普通のアニメではやらないものだ。

以前にも触れたが、そういった雑多な動きというのは実写ならば役者が自然に出来るところを作画監督がいちいち細かく指定しなければならないからだ。

通常のTVアニメであれば制作費の都合上、動かさずにすむシーンは極力静止画で収めたいところであろう。

原作漫画自体も動きを表す表現は少なく、紙芝居の様な静止画での展開が多く、言い方は悪いが手の抜きやすいアニメ向けな原作だと思っていたくらいなのである。

にも関わらず、特に動かさなくとも支障の無い部分でさり気なく細かい動きや情景の変化を見せる所にアニメとしてのこだわりを非常に感じる。

ただ会話をしながら廊下を歩くシーンですら、キャラの顔に窓から差し込む光と建物の陰が交互にかかるなど目を飽きさせない演出が入っており、視界の隅で見せる細かい描写が画面に変化をつけ、単純に飽きさせないだけでなく無意識にそのキャラクターに視線を誘導するのである。

アニメ作品としてはもはや映画作品としても十分通用するクオリティの高さなのだ。

テレビ放送を意識した構成

その一方で、この作品ではテレビ放送用の作品としての意識を随所に感じる。

最近のアニメ作品を観て感じていたのだが、1~2クールといったスパンでストーリーを構成し、それを各話に分割しただけの様な作品がこのところ多い様に思う。

以前は基本的には一話完結であり、たとえ続き物の長編作品であっても各話独立した物語が展開され、それが積み重なりながら繋がって行く形が多かったものだ。

それは一週間毎に一話放送されるテレビアニメの視聴が基本的にリアルタイムのみという形態が前提だからだ。

続き物を観るにしても、各話の間にそれなりの時間が開くので話の繋がりの説明が毎回必要で、ましてや30分番組では一話として語れる事はそう多くない。

なので大きな物語の流れはあっても、一話としてはその週だけでも楽しめる一話完結のエピソードは必須だったのである。

だが、最近は原作付きで長編のストーリーが多くなったということもあるが、その視聴スタイルの変化が大きく影響している。

ビデオや配信で全話とまではいかなくとも、ある程度まとめて視聴する方が最近では普通なのではないだろうか。

ビデオでのCMスキップは勿論、オープニングやエンディングは飛ばして本編のみを観ることも多い。

それどころか配信での視聴であれば最初からイントロスキップがほぼ自動化されており、本編のみを視聴する事が前提となっているのだ。

勿論「葬送のフリーレン」も長い物語の一部を切り取っているのだから当然そこは同じと言えるのだが、原作の短編エピソードが多いこともあり一話ごとに独立した作品としてのまとまりを意識した構成となっている。

前回のおさらいからのオープニング突入、序盤や中盤にひと息入れるようなほっこりしたエピソードを挟みつつ、終盤に向けて映像とぴったりと合った音楽で盛り上げていく。

そして各話ともエピローグとしての終盤の導入からのエンディングアニメーション、そして次回予告までもが余韻や間を意識した一連の構成になっているのである。

ついでにエンディングの素晴らしさにも触れておきたい。

この作品ではエンディング曲を２クール通してmiletの「Anytime Anywhere」を使用しており、その音楽性の高さと何度見ていても思わず魅入ってしまう幻想的なエンディングアニメーションの映像美はここ数年の私の観たアニメ作品で断トツに素晴らしいと思っている。

１クール目では魔物や花々等魔法の影に見え隠れするフリーレンの顔とヒンメル一行の思い出が垣間見える幻想的な世界観で表現し、２クール目ではその後のフリーレンの想いやその思い出を引き継ぐフェルンとの出会いを情緒たっぷりに表現している。

このエンディングの素晴らしさがあればこそ、各話の最後を締めくくるの重要な役割を担うことが出来るのであり、テレビアニメでありながら映画に負けない程の重厚感を生み出すのである。

一見、原作に忠実ではあるが

私自身はTVアニメ「葬送のフリーレン」の魅力のひとつは原作漫画と敢えて方向性を変えてよりアニメ向けにアレンジしたことではないかと思っている。

ストーリーや構成に特別変更点があるわけではないので、かなり原作に忠実なのでは？と思う人が多いのではないかと思うが、勿論原作には忠実ではあるけれども作品の方向性というか、読者又は視聴者に見せたい部分へのウエイトが原作とは違っている様に私は感じるのだ。

原作「葬送のフリーレン」の魅力

原作版の回でも触れたので内容が重複するが、私は原作の「葬送のフリーレン」はコメディ漫画だという捉え方をしている。

巷では魔王討伐後から始まる後日譚ストーリーであったり、永遠とも言える寿命のエルフであるフリーレンが限定的な時間を生きるヒンメルやフェルン達人間との触れ合いからの人生を見つめ直す物語という通常の異世界物とは違うという点が声高に言われる事が多い。

だが、ストーリーの中心となるのは戦闘シーンやシリアスな話よりはむしろほのぼのとした旅日記と言えるような日常であり、しかもそこには大真面目な顔での独特な間による軽妙なギャグの応酬がある。そのどこか飄々とした笑いは「うる星やつら」や「めぞん一刻」で見せた高橋留美子のコメディ漫画の影響を感じるのだ。

先に挙げた長寿のエルフであるフリーレンと、普通の人間であるヒンメルやフェルン達の時間感覚のズレに関してはむしろギャグ要素として語られることが多く、異世界物ならではの設定を利用した面白さとなっているのだ。

そういった異世界物の設定をリアルに突き詰めた描写は、逆に他の異世界物では定番となっている設定や描写に対して「良く考えれば実際はこうなるはずなのでは？」という突っ込みやパロディを大真面目に描いて見せる「異世界あるある」ネタとしてそこかしこに描かれるのである。

「葬送のフリーレン」は典型的なRPGゲームやファンタジー小説、異世界漫画ではテンプレートと言える非常にありきたりな世界観だが、これこそそういった異世界物のパロディのために敢えてベタな世界を構築していると思うのである。

フリーレン＝エルフ＝長寿という図式がすんなりと受け入れられるのもテンプレそのままの世界観ならではの事で、更に言えば他にも多くの作品で使用されている設定にも関わらず、それを活かした作品というのは意外に少ないのだ。

天才的な魔法使いが無尽蔵の魔力で極大魔法を撃ち込んで無双していたり、古代の伝説魔法がいつまでも無敵の強さを誇ったりという事は無い。

実戦では防御と一般攻撃魔法をいかに速く出せるかで決まる事や、いかに普段魔力を隠し、強さを悟らせない様にする事が生き残る術である事、更には伝説の最強魔法がいつまでも最強なわけではなく、日々進化し対策も立てられる事等、魔法が必ずしも万能という訳ではないことを実にリアルに描写している。

言葉が通じるから魔族と人間が心を通わせる事が出来るなどという事はそれこそ絵空事だ、と異世界物ではありがちなストーリーや設定を異世界の住人フリーレンはことごとく否定して見せるのである。

原作の面白さを内包しつつもアニメ向けに方向性を絞ったアニメ版

アニメ版「葬送のフリーレン」はそういった原作のコメディ要素を内包しつつも、全体的な流れとしては巷で言われているイメージの通り展開している。

原作と同じシーンでもコメディ要素はやや抑え気味ではあるが、実は高橋留美子流の独特の間を利用したコメディというのは、アニメで再現するのが非常に難しいのだ。むしろ先行しているイメージに乗っかって感動的な話を強調し、原作では比較的あっさりしていたアクションシーンに重厚な音楽やアニメならではの映像美を加えたのである

特にアウラとの魂の天秤シーンの迫力、冷淡に自殺を命ずるフリーレンと断末魔のアウラの表情、そして最後の最後に見せるアウラから見たフリーレンの姿等、隙のない決着シーンは作品のもうひとつの魅力を最大限に引き出していると言えるのだ。

コメディ要素の強い原作版も良いが、より大衆向けを目指す意味では決して間違ってはおらず映画の様な重厚感のある作品として仕上がった数少ない成功例だと言えるのではないだろうか。

原作の良さを活かしつつアニメとしてのアレンジに成功した「葬送のフリーレン」