
鰻の思い出
土用丑の話はいい思い出にならなかったが、せっかくなので良い思い出についても触れておきたい。
私の中では鰻というのは特別な思い入れのあるものだ。
とはいえ、別に何か特別な思い出があるというわけではない。初めての鰻があまりにも美味しく、その味が未だに忘れられないというだけの話だ。
私が7歳位の頃、祝いの席で生まれて初めて柳川の鰻を食べた。
焼いた香ばしい香りとふっくらとした食感、全く魚臭さを感じさせない鰻の味がそれまでに食べたどの食材とも違う初めての体験だったのだ。
幼少の頃は今ほど頻繁に肉を食べられる機会がなかった。と言ってもあくまでも今に比べれば、という話だが、肉と言えば挽き肉を調理した物が大半でせいぜい小間肉を炒めた程度だったであろうか。
母の実家が佐賀で有明海が近いという事もあって使う食材は魚系が圧倒的に多く、祝いの席でも刺身や焼き魚、煮物は勿論、ちくわや蒲鉾といった練り物など、とにかく魚中心だった記憶がある。
そんな中で、肉の獣臭さも魚臭さも感じさせない鰻独特の食感と風味は当時の私にとって衝撃的だったのである。
九州では鰻は焼くのが一般的で関東の様に蒸すことはしない。そのため焼いた香ばしさと身の弾力が関東よりもしっかりと感じられる。
生まれて初めての鰻は普通の鰻丼であり、記憶では卵ご飯に鰻が載っていたと思うのだがそれは当時最も安い食べ方で鰻も小さかった。まあその頃は幼少なので一番安いものを食べさせられた訳だが、むしろそのおかげでより香ばしさが印象に残り私の中で重要なポイントとなったのだと言える。
因みに他の大人達はもっと高級なせいろ蒸しを食べており、見るからに高級そうで羨ましかった事を憶えている。勿論2度目は我儘を言ってせいろ蒸しを食べさせてもらったのは言うまでもない。
せいろ蒸しというのは柳川独自の食べ方なのだが、四角い専用のせいろにタレをかけたご飯と焼いた鰻を仕込み、そのままなら鰻重の状態のものを更にせいろでご飯ごと蒸したものだ。
焼いた香ばしさはしっかり残したまま、せいろで蒸し上げる事でふんわりホクホクとした食感も加わり、更にタレで味付けしたご飯に鰻の脂と旨味が混ざり合い極上の味わいになるのである。
東京の鰻も焼いて更に蒸しているのだから同じではないかと言う人もいるだろうが、私の主観では関東の焼いて蒸した鰻はせいろ蒸しに比べるとどうしても焼いた香ばしさと弾力がやや落ちてしまっているように感じる。そしてまあこれは多分に感覚的なもので根拠はないのだが、魚独特の香りが残っているように感じるのだ。
実家は柳川に近かったのだが、そんな地元でもちょっとやそっとの祝い事では食べられるものではなく、私の中では非常に特別なご馳走というイメージがあったために気軽に食べたいと言えるものですらなかった。
東京に出て来ると、意外なほど鰻は様々な場所で見る機会があり、寿司屋や蕎麦屋にも鰻の文字が並んでいた。それどころか安い鰻を提供する専門店なるものまでが存在し、改めて東京はすごいなと思ったものだ。
スーパーにも冷凍パックのものがそれなりの値段で普通に売られており(いや田舎にもあったはずなのだが、少なくとも我が家では見る機会は無かった)、鰻が好物である事を知っている奥さんがハレの日などに食卓に上げてくれる事もあったので、昔に比べれば大分手軽に食べられるようになったとは思う。
それでも、今でも専門店で食べようなどと自分から言い出したことは一度も無い。やはり自分の中では子供の頃からの特別なご馳走のイメージが強く残り、他の食材とは一線を画した存在だったのである。
ただ、そんな滅多に無い鰻を食べる機会でも、昔食べた時の感動を思い出させてくれる味には殆ど出会った事が無い。
冷凍パックは言わずもがな、稀にお店で食べる機会があっても何故かあの味を上回る感動は得られていないのだ。
そもそも、東京にはせいろ蒸しを扱っている店自体が無いので通常の鰻重ではどこか違う印象が拭えなかったのである。
それではと、以前帰省した際に柳川までせいろ蒸しを食べに行ったこともある。
柳川でも一二を争う有名店で、子供の頃に行ったのも恐らくその店のはずだった。
だが、久しぶりに行った時に席に着いて注文してからせいろ蒸しが提供されるまでの時間が異様に短くて驚いた。
昔はせいろ蒸しに限らず、鰻専門店は注文してから提供までかなり待たされるものだと思っていた。
どの程度下拵えをしていたのかは分からないが、昔は注文を受けてから捌いて焼いて更に蒸してというのを考えれば30分以上は確実に待っていたはずだ。
子供の頃は事前に電話予約していた(席の確保では無く、せいろ蒸しを何人前といったものだ)のも見ていたし、それにも関わらず到着してからも大人達はお通しがわりに提供される鰻の骨の唐揚げを食べ、酒を飲みながらのんびりと待っており、自分は飽きて店の中庭にある池の鯉を見ながら遊んでいた記憶がある。
今では作り置きを蒸し直すのか温めるのかは分からないが、明らかに下拵えを整えてすぐに出せる状態でいることは確かだ。待たずに済むし客の回転は良くなるのだからそれは別段悪いことではない。
だが、実際食べてみると確かに美味しく記憶の中の味にかなり近いのではあるが、一口食べた時の香ばしさとホクホク感が薄まり、その分水分が抜けきれていないどこかベチャっとした感触があったのである。
考えてみれば私が帰省するのは盆や正月であり、当然ながら鰻屋も大変混雑している。
ある程度さばける量を予測して事前に下拵えはしていたのだろうが、当然保管には冷蔵をしているだろうから多少なりとも風味が落ちているのではないかと思うのだ
まあ、これはあくまでも私の主観であり、子供の頃の記憶なのだから味が美化されすぎたのではないかと言われればそれまでだ。
正直、私自身も憧れが過ぎてハードルを上げすぎたのかな…などとその時は思っていたのである。
私の記憶通りの鰻に出会えたのは東京、それも意外な場所だった。
奥さんの親戚が東京で小料理屋を営んでおり、そこで催された親戚の祝いの席に参加していた時の話である。
そこのご主人は元々魚屋さんで築地まで食材を仕入れに行っていたのだが、いい鰻が入ったとのことで鰻丼をご馳走になった。
勿論専門店ではない。蒸すことはせず捌いて、焼いて、恐らくは出来合いのタレで味付けした程度なのだと思う。
だが、その香ばしさと弾力、そして魚臭さを感じさせない味わいはまさに子供の頃感じた感動そのものだったのだ。
何のことはない。活きの良い鰻を、その場で捌いて、こんがりと焼き上げる。それこそが私を感動させた鰻の正体だったのである。
まあ確かに味付けでは専門店の様な秘伝のタレだの、せいろ蒸しの独特な美味しさだのには及ばないのかもしれないが、私が本当に求めていた感動は実にシンプルで身近な所にあったという訳だ。
そのご主人も亡くなり、お店自体も閉めてしまったのでその鰻を再び食べる機会はなくなってしまったが、外で鰻を食べる時にはいつもその時の感動を求めてしまい、よりハードルを上げてしまうことになったのである。
