「ゴジラ-1.0」のアカデミー賞視覚効果賞受賞

「ゴジラ-1.0」がアカデミー視覚効果賞を受賞した。

「視覚効果賞」の受賞はアジア圏の映画では初めてで、しかも監督として受賞したのは「2001年宇宙の旅」のスタンリー・キューブリック監督以来55年ぶり、史上2人目とのことでそれがいかにとんでもない快挙なのかわかるというものだ。

この賞は特に優れた視覚効果、つまりはVFXに対して与えられるものであり、過去の受賞作には「E.T.」や「スター・ウォーズ」、「ターミネーター2」、「アバター」といった大ヒット作、そしてそれまで見たことの無い様な映像美を最新の技術により表現された作品がずらりと並んでいる。

そういった錚々たる作品群に日本の誇るコンテンツである「ゴジラ」が名を連ねるという事は大変喜ばしいことであるのは確かだが、「ゴジラ-1.0」はどこを評価されて授賞することが出来たのだろうか。

勿論素晴らしい映像であることは間違い無いのではあるが、過去の受賞作の様なそれまでに無かった世界観を構築したわけでも、技術的に他では真似のできない難易度の作品だったわけでもないはずだ。

それに個人的な感想としてはCGとしての細やかさや完成度という点で見ればまだまだハリウッド映画には及ばないと感じる部分もあり、流石にノミネートが精一杯と思っていた私としては意外な印象を受けたのだ。

破格の低予算で制作された「ゴジラ-1.0」

この受賞の記事でよく見かけられたのは「ゴジラ-1.0」の製作費が1000〜1500万ドル（約15〜22億円）と、ハリウッドの一般的なVFX作品の1/10程度という破格の低予算で制作されていることに対する驚きだ。

ざっと記事を見る限り、海外では何故そんな低予算でこのクオリティの作品が作れるのか？ハリウッド映画は金がかかり過ぎているのではないか？という意味で、そして日本ではそれ程予算をかけなくともこれだけのクオリティの作品を作れる日本式の映画制作の技術力、といった微妙に異なる意味での捉え方をしている様だ。

だが私に言わせればどちらも的外れなものに感じられて仕方がない。

私は最近の海外VFX作品の制作費が高いのは、無駄に手の込んだものばかりで見せ場とするべきVFXシーンが多すぎるからだと思っている。

そもそも、最近の映画は2時間を超える大作と呼ばれる長い作品が多い。

特にMCUの様なヒーロー物では序盤から派手なアクションシーンや現実ではあり得ない映像が延々と続くイメージが強いのだ。

ひとつひとつのシーンは日本では考えられない程に作り込まれており、それぞれが最大の見せ場となってもおかしくないような映像ばかりである。

だが、どれ程素晴らしい映像であっても、それが何度も続けばそれぞれの印象は薄れ、この映画と言えばこのシーン、といった作品の象徴となる映像が残り難いのだ。

そのため物語としては記憶に残っても、映画の映像としては焦点がボケて作品全体の印象自体が薄く感じてしまう原因になっているのではないかと私は思うのである。

「ジャスティス・リーグ:ザック・スナイダーカット」の例を観ても分かる通り、ハリウッドでは全く別物とも言える映画を編集できる程の膨大な映像を撮影している。

つまりは映画として公開されない映像がその大半を占めるということになるのだ。

話の繋がりや時間的な制約でカットする場面が少なからずあるのは当然とはいえ、それにしても撮影する場面をもう少し絞り込んでも良いのではないかと思うのは私だけではないはずだ。

昔では大変な労力で撮影された幻想的な映像も、今ではCGのおかげで比較的簡単につくれる事もありそのありがたみはだいぶ薄れているのではないだろうか。

どこかそういった映像に対する軽い想いもあって無駄にしたり、逆にあれもこれもとカットを盛り込んでいくことで結果焦点がボケているように感じるのではないかと思うのだ。

結果的にカットされる場面にも多くのスタッフと時間がかかっているのは間違いない訳で、そういった部分が制作費の中で無駄に消費されることになっていると思うのである。

見せ場を絞り込んだ演出の妙

その点では「ゴジラ-1.0」は非常にメリハリの効いた作品に仕上がっている。

序盤ではむしろ退屈と思わせる程の静かな展開からまだそれ程巨大でもなく火も吐かないゴジラが登場し、全体像と凶悪さだけを見せている。

原爆実験による巨大化後もなかなか全体像を現さず、海から見え隠れする上半身のみで魅せる恐怖感が後半の銀座で暴れるゴジラの禍々しさへと繋がっていくのだ。

そして「ゴジラ」を象徴するシーンと言えば間違いなく放射能火炎を吐く姿であろう。

だが、「ゴジラ-1.0」で実際に放射能火炎を放つシーンというのは意外な程少なく、民衆にその恐怖を見せつけるのは実はわずか一度きりなのである。

最初の火炎はゴジラ自身は姿を見せず海中からの炎のみを見せてその威力だけを印象付け、そして銀座で破壊の限りを尽くしたゴジラの最大の見せ場として、まさしくトドメの一撃を放つのだ。

青く輝き、安全弁が外れるかの如く跳ね上がる背びれが期待感と恐怖感を更に煽り、咆哮と共に放たれるのは単なる火炎ではなく原爆の恐怖を象徴するかのような大爆発として表現するのである。

ゴジラの代名詞である放射能火炎を乱発すること無く使い所を絞り込み、溜めに溜めた最小限の描写で最大限の効果を挙げている所に無駄のなさと演出の上手さが光るのだ。

ハリウッドの大御所の手法とアニメや特撮の手法

焦らしながら徐々に雰囲気を盛り上げ、溜めに溜めてドン！と出す演出は「JAWS」に代表されるスティーブン・スピルバーグの得意とする手法だったが、考えてみれば現在はそういう作品は意外に少ない。

そして背びれの演出や独特のタメによる盛り上げ方は、言うまでもなく「宇宙戦艦ヤマト」の波動砲の発射プロセスをなぞった物だ。

こうした必殺技を出す前にタメを付けたり、大見得を切る様な演出は日本の特撮ヒーローやアニメ、古くは時代劇や歌舞伎の様な古典芸能から培ってきた伝統的な演出の技法だとも言える。

実際に海で撮影した主人公達の映像にゴジラの映像を合成する部分なども、ハリウッドならばフルCGか巨大セットでの撮影となるところであろう。

実際にロケ撮影をする事は思った通りの映像が撮れないリスクはあるものの、そこには本物を現場で撮影したからこそのリアリティがある。

最近の海外のVFX作品では逆に珍しく、これはまさしく特撮的な発想なのではないかと思うのだ。

以前テレビ番組で山崎貴監督が、ひとつの映像に対して様々な素材を合成するのがVFXであるのに対して、ミニチュア等を使って基本的に一発で撮影するのが特撮の特徴であると特撮とVFXの違いについて語っていた。

実在しないものを表現する場合、どうしても造り物感が出てしまうのが特撮の難点であり、日本の特撮が海外のVFXに見劣りする原因ではあるのだが、例え模型と言えども実在のものを撮影したという本物の質感を出せる事が唯一の特撮の利点であると私は思っている。

実際にはゴジラ自体はCGによる合成であり、実写と見紛う質感も既にCGで表現出来る程には技術は進歩している。合成するにしてもグリーンバックでセット撮影した方が簡単なのではないだろうか。

それでも敢えて実写にこだわった所がいかにも特撮的であり、その俳優達の素の表情や自然さがゴジラの恐怖感を更に際立たせるのだ。

色々と思い付くものを挙げてみたが、そうしたハリウッドの大御所的な演出と、日本独自のアニメや特撮ならではの演出を上手く融合させた山崎貴監督の手腕が今回評価されたのではないかと私は思うのである。

「ゴジラ-1.0」受賞で見えた可能性

今回の「ゴジラ-1.0」の受賞に関しては環境的にもタイミング的にも全ての好条件が重なっていたのは確かであろう。

ハリウッド版の「GODZILLA ゴジラ」でゴジラの知名度が上がっていた事、俳優のストライキによるハリウッド映画の不足で対抗馬がなかった事、海外進出を狙った東宝の世界展開とそのために若干多めの予算が取れた事、そして何より山崎貴監督の意図した作品が創れるだけのCG技術や素材の蓄積といった環境が整った事は大きかった。

だがこうした千載一遇のチャンスを逃さなかった事は非常に大事な事であり、これが日本映画の可能性を大きく拡げたことは間違いないのだ。

低予算は誇るべき事ではない

山崎貴監督の受賞はある程度の予算さえあれば日本発の映画でも世界的に成功する作品を作り得ることを証明した。

だが、これはまだ可能性の話であり、日本の映画が世界に通用する等と単純に喜ぶべきではないのだ。

いつもよりは多めだったとはいえ、ハリウッドに比べて日本映画の予算が破格に低い事を忘れてはいけない。

市場規模の違いは如何ともし難いし、ハリウッド映画が予算をかけ過ぎているのも確かだろう。

だが、それでもまだまだ海外に対抗できるだけの土壌は整っていない。

「ゴジラ-1.0」はハリウッド映画に比べて低予算で撮れたのではなく、その程度の予算しかなかったからこそ贅肉を極限まで絞り落としたキレの鋭さで勝負したに過ぎないのだ。

以前にも触れたが、そこには当然の様に己の身を削りながら制作に携わるスタッフの自己犠牲もある訳で、それもまた漫画やアニメや特撮といったエンタメ業界全体にも通じる話であるはずなのである。

今回の受賞で、皮肉にも日本の映画界が制作費、ひいてはその大半を占めるはずの人件費や環境に予算が割かれてはいないことを世界中に知られる結果になった。

このことは本来は喜ぶどころか恥じるべき事であり、山崎貴監督も世界を視野に入れた映画制作のあり方を期待する発言をしていた。

この作品が日本の映画制作環境、そして漫画、アニメ、特撮全ての環境改善に繋がることを私も期待したいと思うのだ。

「ゴジラ-1.0」が低予算なのは誇るべき事なのか