東山紀之はジャニーズという汚名をひとりで背負いこむ覚悟なのではないか? | あくまでも私の持論なんですが

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ジャニーズ性加害問題で連日報道が続いている。


私自身はジャニーズにそれほど思い入れがある訳では無いが、性加害の噂もゴシップ程度には認知してはいたし、その所属タレントの影響から事務所に忖度したり事務所側からの圧力で報道できないのでは?という噂も聞いたことがある。

ただ、そういう黒い噂は真偽も定かではなく、都市伝説的な話程度にしか認識していなかったのだが、実際にはもう何年も前に裁判で事実認定され、海外でも報道されていたと聞かされ驚いたものだ。

情報操作というか、積極的に報道しないだけでこれだけ世間に知られないということに情報社会というものが如何に当てにならないのか思い知らされる。


性加害の問題自体については私自身不勉強の為、意見するのは他の人に任せるとして、今回私が注目したのはジャニーズの記者会見の内容である。


意外に思ったのが社長でありジャニーズの全株式を所有している藤島ジュリー景子が、社長は退任するものの取締役には残るという事、新社長として所属タレントである東山紀之が現役を引退して就任するという事、そしてジャニーズという社名はそのまま残す意向であるということだ。


東山紀之が社長に就任するであろう事は囁かれてはいたものの、藤島ジュリー景子は取締役を外れ、社名は変更されるのではないかと思われていただけに驚きと共に猛烈な批判を浴びることになる。

記者会見でもこれまで触れられなかった鬱憤を晴らすかの如くかなり厳しい言葉を浴びせられ、それを真剣な表情で頷く新社長の姿が印象的だった。


既に現在の「ジャニーズ」という名称は最早性加害犯罪者のイメージで地に落ちている。


自分達の原点であるという思い入れはあるだろうが、ビジネス面では足を引っ張る存在でしか無いこの名称にこだわる必要は無いはずなのである。

現にスポンサーの撤退やテレビ番組からの降板など影響は出始めており、それを考えれば名前を存続するという選択は本来はあり得ないはずなのだ。


当然、こういった批判も予想されていたことであり、それでも尚藤島ジュリー景子とジャニーズの名称を残した東山紀之新社長の真意は何なのであろうか。


まあ普通に考えれば、藤島ジュリー景子が現在の地位と名声を惜しむあまり、社長の顔だけ変えておいて当座を凌ごうと考えているのかもしれない。

あくまでも雇われ社長である東山紀之には発言権が無く、非難を社長に集中させるという思惑があるのかもしれない。


それにしても、東山紀之は何ひとつメリットがあるとは思えないこのタイミングでの社長就任を何故引き受けたのだろうか。

単純に男気や断りきれなかったという理由では説明が出来ない。


記者会見の席で、東山紀之新社長が「我々に忖度しないでください」と語ったときに非常に驚いた表情を見せた藤島ジュリー景子の様子を見た時、ふたりの思惑に隔たりがあるように感じたのである。そして私はもうひとつの可能性を考えたのだ。


まあ、これはあくまでも私の個人的な想像なのだが、東山紀之は藤島ジュリー景子と心中覚悟で会社自体と共にジャニーズという名前を完全に消滅させるつもりなのではないだろうか。


他の報道ではジャニーズとの契約は解除するが、所属タレントとの直接契約を模索する動きもあるという。


東山社長はその動きを逆に推進し、所属タレント達を全員独立させようと考えているのではないかと思ったのだ。


故ジャニー喜多川のプロデュース力やジャニーズのブランド力、そして事務所の力が大きいのは認めざるを得ない。

業界でのし上がるチャンスが多いというそれだけでもジャニーズに所属するメリットは大きかったし、そのおかげで成功したタレントが多いのは確かだ。


だが、ジャニーズの今の隆盛を誇っているのは結局は個々のタレント達のスター性や努力に裏打ちされた実力なのだと思うのである。


少なくとも今第一線で活躍しているスター達はそれ相応の努力で現在の地位を確立しているのであり、彼らが過去に犯罪を冒した社長の会社に所属しているという理由だけで排除されるべきではないのだ。


巷の意見はだからこそ名前は変えるべき、取締役はおりるべき、会社は第三者が運営すべき等と言っているが、それでは名前を変えればそれで皆が納得するのだろうか?頭を取り替えただけで本当に良いのか?と東山社長は考えているのではないだろうか。


取締役が変わったり、第三者が入った所でそう簡単に本質は変わらないし、所属タレント達にはどうしてもジャニーズのイメージが付きまとい、決してプラスにはならない。


だからこそ東山紀之はジャニーズという名前と共に事務所の顔として負のイメージを一手に引き受けることにしたのではないだろうか。

敢えてジャニーズという名前を残すことで非難を浴び、タレント達が退所しやすい状況を整えて実績のあるタレント達に独立を促すつもりなのではと考えるのだ。


勿論その場合実績の無い若手の育成や、希望者の移籍等の問題は残るだろう。それ以前に経営が成り立つのどうかも不透明だ。

東山紀之新社長は被害者対応と残った所属タレントの移籍等の事務作業に特化し、他のタレント達への道筋を付けて自らは責任を取るつもりなのではないかと思うのである。

東山紀之新社長の、「私の夢を諦めて被害者と向き合う」という言葉は悲壮感と並々ならぬ覚悟を感じて非常に重い。


実際、突飛な想像だとは思うものの、そうでもしないと本当の意味でジャニーズのタレント達は救われないのではないかと思う。

このままでは、人生をかけてここまで上り詰めてきた彼らもまた被害者となってしまうのだ。


東山紀之社長も単に犠牲になること無くできるだけ多くの人達が納得する落とし所を見つけることに期待したい。