深夜に書くブログは変なこと書いてしまう気がするから、あんま書きたくないし、
ネガティブな内容も書きたくないんよ~!!!
書きたくないんよ~!!!
だし、
ブログでTwitterのことを愚痴のように書くのもどうかと思うんよ~~~。
でも書きます。笑。
Twitter、
全然自由じゃないな。相互監視みたいなのきっついなーーーー
今なにしてる?
今何見てる?
今どこにいる?
全部
つぶやいたらわかってしまうんよ。
当たり前だけど。
「じゃあ、つぶやかなきゃいいじゃん」って話だけど
それは、おもしろくないじゃないですか。
やっぱ、つぶやいて、感情の触れ合い?共有?
発信して、受信して、
あ、「俺と同じ事思ってる人がいた」
とか思いたいじゃん
心シンクロさせたいじゃん
集合知 得たいじゃん
だけど
その効果、副作用として、
ポジな部分とネガば部分がどうしても出てくるのね。
知られたい部分と知られたくない部分。
これ、つぶやいたら、負の影響でるかもしれないなーと思ったら
つぶやけなくなるよ。
万が一かもしれないよ負の影響なんて。
でも万が一の可能性を考えてしまった時点で
投稿するの躊躇しちゃうし、だいたい辞めちゃう。
一般人も芸能人も「自由につぶやきゃいいじゃん」て
思うんだけど
やっぱ、ひとつひとつのつぶやきに求められるのは責任であって
責任っていうと大袈裟だけど
そのひとつひとつのつぶやきがアカウントの顔
Twitter上の人格を生成する訳じゃないですか
だからほんと命がけなんですよね。
ひとつひとつの「つぶやき」ってのは
たいしたことなくても
全部つながってくる。
だから失敗できない。
積み上げたものが多いだけ
懸けた時間が多いだけ
そのアカウントに対する思い入れ、執着心が増してきて
どんどん失敗できなくなる。
その結果、気軽さがなくなる。
気軽に投稿できない。
あー嫌。
そして、もっと厄介なのが、
「アーカイブ性」ね
そんなこと気にしたらキリがないんだけど、
Twitterアカウントが存在する限り
「◯月◯日に、あなたは◯◯にいた」とか
そういうのがインターネット上に残ってしまうんですよ。
紛れもない記録が残ってしまうんですよね。
(それは後から編集ができるブログとは違って。)
それが気持ち悪い。
忘れてほしい。過去のことなんて。
過去は曖昧であってほしい。
自分のアカウントのつぶやき
だれが見てるかなんてわかんなくて
自意識過剰な面もあるとも思うんだけど
世界の、こっちは知らない人、どんな人かわからない人が見てる
それも怖いなー。
やっぱ怖いんだよねーインターネット。
ま、僕に興味もってくれてる人なんて
そうそういないし、
興味もってくれるだけでちょっと嬉しい気もするけど
「誰が見てるかわかんない」
それ、怖いんだよねー。
これはインターネットにページを公開してる以上、
避けられないし
永遠に変わらない、解決しない問題なのかもしれない。
Twitterでアカウントが無くなることは
Twitterでの死ですからね
そりゃ別アカウントで戻ってきたり
親しいひとだけを囲って非公開(鍵)アカウントを使って
またReスタートすることは可能ですけど
それはもうそのアカウントじゃない。
あーねむいから寝ます。書きたいことはバーッと書いたけど
100%は一生書けない気がする。
あとから編集、修正するかもしれないし、しないかも。
おやすみ。2時。