リハビリ病院の1日は、5時半起床でカーテンを開けたり、身の回りの整理をしたりしてから朝ご飯までダラダラしていました。
体調が凄く悪くて歩くのも嫌だったし、痛みが今以上あったし。



朝8時に食堂でみんなで朝ご飯。
私が入院していたときは、たまたま高齢の方が多くて最初は、話す人もいませんでした。


だから食事は、人より30分程遅く行ってよく一人で食べていました。体調も悪かったから話もしたくなかったから良かったのだけど


食事のときに出るゴミも広告で作ったもの。
昔、広告でミカンを食べたりするときにゴミ入れを作っていたけど(知らない人もいるかな~(笑))それも脳梗塞等で麻痺している人のリハビリで患者さんが作っていました。


テーブルクロスも脳梗塞の方が使う専用のものがあり、たたむのも患者さん。
10時にコーヒーをたててくれるのでたまには、顔出したりしたのですが、コーヒー大好きな私でもあの入院中は、体調最悪でゴロ寝が多かったです。


朝、9時からリハビリが開始になるけどその日にしか担当PTさんや作業療法士さんが分からず9時前にその日の予定をPTさんが挨拶がてら持ってきます。
その前には、看護士さんがまわってきて血圧や体温の測定。


私は、起きて7時過ぎには、コインランドリーへ洗濯にも行ってました。
お風呂の順番取りにも行ってました。


1日のリハビリは、40分単位が3回。
(これは、日によって2回のときもあったけど)
20分単位が4回。
考えてみたら一番多いときで7回は、リハビリ時間だったんだな~(笑)


それに追加で自主トレメニュー。
ベッドでの座り立ち30回。ベッド上での足の開脚30回。後へ蹴る運動30回。スクワット10回。
リハビリが空いた時間にやるよう言われてました。


本当、書き出したらいかに1日リハビリ三昧だったか分かりますね~(笑)
それだけのリハビリをこなしたのに帰ってからも調子悪い足(笑)
本当笑いたくなってしまう(笑)


一番回復が早いのは、骨折の人だったかな?
本当は、人工にしている私も回復早くなければいけないのにね~(--;)


12時昼食、18時夕食。


少し年齢が近い人と話始めたのが入院して1週間くらいから。
一人用のお風呂の順番を朝一で取りに行きだし比較的歩ける人達と仲良く話せるようになりました。


リハビリがこれだけあるから汗ダラダラでみんなリハビリ終わってから入りたくて夕方以降にお風呂が集中していたのです。
毎朝、お風呂の看板が出されるとみんなが集まってました(笑)


ゆっくり出来る時間は、夕食終わった後(笑)
だからお見舞いという名目で来る人は、いなかったわ(笑)
私も2度友達が来てくれたけど話出来たのは、20分程度。
夜に家族の人が洗濯物を取りにくる人が多かったかな?


自宅で出来る動き方をリハビリ入院中にするためだったけど本当、書類提出大変でした(笑)


リハビリの合間で仲良くなったKさんやIさんと食事を一緒に取るようになり、リハビリの合間に話をしたりしていました。


でも私がいた頃は、骨折の人より圧倒的に脳梗塞の人が多くて、足や腰の手術した患者さんは、Tさん(足の骨折)しか見ませんでした。


Tさんとも仲良くさせて貰いました。
年は、随分上の方だけどとても綺麗な方でした。
Tさんは、急性期病院では、杖を使って歩いたと言われていたのですが、リハビリ病院のときは、車椅子からのスタートで怒っていたけど(笑)
私も急性期病院では、約3週間いて最後は、杖で歩いていたけどリハビリ病院では、歩行器からのスタートでしたし。


PTさんから見るとまだまだダメという感じだったのでしょうね。


回復期病院を急性期病院と同じように思っていたけどあの頃体調最悪だった私には、今考えると過酷だったかも。
自宅に帰っても過酷だったし(笑)


リハビリが急に出来ないよ~と言われたときは、取り敢えず横になっていたし。
あ~休める~!という気持ちは、ありました。


あっ、そうそうリハビリ病院では、普通の生活を送るため寝るときは、パジャマに着替えて(車椅子ね人も)朝は、普通の服に着替えてました。


だから洗濯物も結構たまるので私は、2日に1回は、コインランドリーに行ってました。
ほとんどの方は、家族が毎日着替えを届けに来られたけど。


段々、リハビリ病院での生活を忘れていきそうなので記録として残しておきます。