そろそろ桜の開花が話題になるこの季節。
別れの季節でもあり、それが現実的でなくてもなんとなく心が揺れるような季節。
そんな季節にばかり、
どうして私の大切な人たちが逝ってしまうのか。
先日三回忌を終えた父はもちろんのこと、
以前ブログに書いた同級生のH子ちゃん↑
そして、最近またひとり…。
最後に会ったのはもう4年以上前になる。
居酒屋で(!)愚痴をきいてもらったような記憶がある。
そのあとは時々LINEをしていたかなぁ。
最後のLINEも2年近く前。
そのうちまたひょっこりと会えるだろうくらいの感覚で。
会えなかった。
何か自分がものすごく迂闊だったという気持ちに。
そのうち会おう、そのうち会える。
こんな不確実な確信を持っていた。
あっさりと崩れた。
もう会えない。
骨になっちゃったなんて…嘘でしょ?
自分はいわゆるアラ還。
漠然と、まだ10〜20年は人生残ってるかなと信じて疑わずの自分がいる。
だけど、そうじゃない!
いつまでも元気だと思っていたら大間違いなんだなとあらためて感じる。
父の命日が近づいてきたというのをかき消すくらいの喪失感の今。
またひとつ、切ない思いが積もった。
この三月という月よ…!なんで、なんで?!
喪失感だの切なさだのという感覚を重ねながら歳をとっていくんだなぁ。
現在再放送されている朝ドラ「カーネーション」。
老いの姿を丁寧に描いている。
今朝のシーンでは、
長い長い記憶を持つことは年寄りの醍醐味。時としてそれが開いて思い出して…、でもこれを見る為に生きてきたような気がする、といったような言葉があった。
ちなみにこのドラマ、今週が最終週。
別れの切なさ、それもいつの日か懐かしいとかあんなこともあったのだなと…かみしめて思い出す時が来るのかな。
そんな婆さんにならなくちゃ。