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その後の話

その後の話。

11月17日三宮駅で無言で鍵を返した後の話。


用事があると嘘をついて、鍵だけを返して地下街へ出た。

向き合っても気持ち投げても投げたきり、は、もう堪えきれないから用事があると嘘をついた。

ありがとうと言われたが、鍵を返したことへのありがとうなのか。
縁切りができるきっかけを作ってやったことへのありがとうなのか。

横断歩道の信号が待ちきれないから歩道橋へ向かって、
堪えきれず、友達に電話した。

終わったよって。


ぜんぶ終わったよって。

でも

ぜんぶは終わっていなかったみたい。

帰ってね、0時過ぎてメールした。

ひとの話を聞かない、とか、ひとりでなんでも決めて勝手に動いた、とか、言われたらお門違いだから。

いや、心底の気持ちを聞きたかったのが一番の理由。

一体何を考えて無言を貫いてきたのか。この4ヶ月。
一体どうするつもりだったのか。

嫌いなら嫌いと言えばいい。

それと、

希望が捨てきれなかった。

こんな簡単に逃げたくないし、人間は話ができるのだから。

感情無しに語れる人間や、理性だけで語れる人間は、居ない。それでも話はできる。

もしかしたら何にかが変わるかも知れない。ってね。

案の定、メールへの返信は無し。着信もあるわけが無い。

お金だけの問題では無い。

これが最後って、何回言ったかわからない。

あの日から12日経て今日、メールした。

「会って話しませんか?どんな言葉でもあんたの言葉ならありがたい」と。

嫌いで良い。クソヤロウしねで構わない。
好きとか一緒に居たいとかは望まない。

私の"これからどうするか"は
見えないから"いま"どうしたいかをやってみただけ。

何を考えていたのか、知ってどうなることもなくても、知りたい。

希望も絶望も無い。
望みが見えていないから、失うものは何にも無い。


70%無視で終わるだろう確率に30%何らかの回答を待ってみるから、
もし30%が現実化したら、
また書くね。



今日、友達に会えて、本当によかった。

ありがとう。

直球ヒトリ相撲

あのな、ぶりっことうそつきは、やっぱりできねぇ。

ここぞというときのぶりっこはきっと滑り止めみたいに綺麗な雪解けを見せるかも知れない。


かわいくだってなれるだろう。

悪い原因がわからないのにごめんっていう言葉は無責任で。
そのごめんは何にを免れようとしているのか。

うそからは免れないよ。
ごめんなんて思っていないごめんは、
何にがごめんなのかわからない。

心がどっかで暇つぶしてんだろが。

とどかないとわかっていながら、どうしたいのか、の質問にふたつ意味があるのを知る。

"いま"どうしたいのか
"これから"どうしたいのか

どっちか片方でもいいのかもしれない。
片方あればもう片方はついてくる。


日暮らしだとしても。

気休めだとしても。

遠回りして馬鹿をみても。

自分の気持ちに正直でありたい。

迅速に。

まっすぐに。

のめりこむ。

まずい。

たかがバイトと思っていた場所が、好きになってしまったらしい。

仕事も、人も、好き。

売上は悪いけど、なんとかしていけるメンバーなような気がして、また、希望が湧いてくる。


やめたくない。


リストラなんか負けたくない。



笑って迎えてくれるんだもん。

事務所からぱらぱら顔見に来てくれたの嬉しかった。


仕事の関わりだから上辺で円滑に対応してくれているだけの人間も居るってことは、前の会社でよくよく気付かされたけど、自分に利害が関係するから上辺だけでまあるく収めてくれているだけだとしても、
やっぱり、大事な人たち。
私は嬉しいんだ。



ああ。

失いたくないよ。