センチメンタリズム | 無

センチメンタリズム

おなかすいた
とか
もうやだ
とか
なったときに
あぁ、もう、めんどくさいなって感じだったり
アイス食べに行こうか
ってさりげなかったり
いつも近くにささえてくれるひとがいっぱい居たんだ。

変に気を遣って素直にたすけてって言えないSOSにきづいてくれて、
変に気を遣わせないように、
どんなに忙しくても、
切り上げてつきあってくれたひとがいっぱい居たんだ。

ありがとう。いっぱいありがとう。

すごいわがままで、すごい甘えたになってしまったけど、心を開く気持ち良さと、ひとに支えられているありがたみがすごいすごいわかった。

うれしかったよ。
いつもぜったいたすけてくれた。そばに居てくれた。なにより心強かった。

なんでも聞いていてくれたね。

もらってばっかりだった。
あんまり気の利いたことできないままにこちらへ来てしまってごめんね。


こちらには
そんなつながりがつなげそうになくて
未だに頼ってしまってごめんね。


大阪を出る前日、
銭湯から始まり、
だるんとゲームして、
ぶらぶらお好み焼きを食べて、みんな地元は異なる仲間と居れたのがなんだかうれしかった。また来週末も再来週末も変わらず居れるような、
いつもどおりの またね が
うれしかった。

また すぐ あえるよ って。
本当にそんな気がした。


夕日も河原の花壇も電車の音も、よく行ったスーパーも、
タコ焼きのにおいも、
ぜんぶぜんぶすぐ思い出せる。小さな駅。


2ヶ月経って、
予定を合わすのは難しいことや、連絡しても返事がなかったり、

本当は仲良くなかったんじゃないの?って冗談めいて言われることが、
きっとYESなんだろうな、ってやっと気付いたけど、
そんなことないって
まだ信じていたりする。


ずっと友達だよって
縁を、まだ、信じていたいんだ。

つなげた縁は本当にあるんだよ。

過ごした日々も、もらった言葉も、本当だったんだよって。


だから未だに
それを確かめるように
甘えて、頼って、
勝手ばっか言って、
ごめんね。

出会えたみんなが、本当に大好きなんだ。



そんで、今、
ちょっとだけ、
ちょっとだけそばに居てほしんだ。



ありきたりな
大丈夫だよ、が、ほしんだ。