僕は人と相対する時、自ずと目を見つめる。



あまりにも目を離さないので、人によっては苦手らしい。




目は口ほどにものを言う。




目は心の窓だ。



目というのは不思議なもので、言葉以上のことを、目を通して相手の心に届かせることができるし、また、相手の心が伝わってくる。




もちろん言葉は大切だ。



エスパーじゃないんだから。



言葉で伝え、眼で心まで届かせる。




人と人とが会う時、目を見ながら話し、その存在の雰囲気(オーラ?)を共有する。



そうすることで、人と人とは繋がることができる。



心を開いている場合には特に、目やオーラの効果は大きいと思う。




では、目を見ることが不可能な状況にあった場合、伝えたいことはどう伝えるか。




言葉でしかない。




言葉はどう伝えるか?




手紙やメールなどの文字、そして声。



目を見つめることができない時、五感の頼りは耳しかない。



声の表情で心を感じなきゃいけない。




しかし、声は感情に左右されやすいし、心と裏腹の言葉を発することもある。



だから、心の中まで伝え、相手の心の中を感じようとしても、それが深い思いであればあるほど難しい。



目にはかなわない。




文字はもっと難しい。



文字はこちらは声と同じように伝えているつもりでも、相手は自分の目で文字を見、自分の声に変換し、頭の中で自分の解釈で理解してしまう。



ダイレクトに心に届きにくい。



感じにくいのだ。



大雑把に言うと、文字は頭で理解し、心や思いは目によって届き、声はその中間なんだろう。




今回、僕はこのことを痛感した。




瞳を見つめるためには、会わなきゃいけない。



だけど、簡単に会える距離ではなかった。



一度でも、会っていれば、その顔やしぐさを思い浮かべることができる。



イメージできる。



だから、たとえ会っていなくても、言葉や声で伝えることができたかもしれない。



だけど、一度も会わずにすべてを伝えようとした。



それは、やはり無理だった。



言葉や声が届かない。



そのもどかしさの中、僕は何とか伝えたいと思った。



だけど、伝わらない・・・・。



特に、相手が一つのことに囚われている時、文字や声だけでは心に届かない。



見えない、聞こえない。




それでも、僕ができることは、気持ちを共感すること。



同じように感じ、気持ちを共有し、力になってあげられるように、自分が1人じゃないと感じられるように、



意識を集中し、それをめいいっぱい伝えるように努力したし、できることは何でも実行した。




でも僕の気持ちは心には届かなかった。




こちらを見てはくれなかった。




見つめてくれれば、伝わったかもしれない。




とても、残念で悲しかった。




囚われていることから、目が覚め、見つめてくれることがあればいいな。



と、今でもちょっぴり期待してしまうけど。






というわけで、私、hiroは、ただ今をもちまして、



ちょい悪オヤジ宣言いたします!




でも、見た目はオヤジじゃないぞぉ!