お待たせしています・・母校講演レポの第5弾です。
では、どうぞ・・。
その「長崎歌謡祭」でグランプリを与えてくれたのも
服部先生でした・・。
そして、その場には何社ものレコード会社が居て
各担当者が「是非、我社でデビューさせて欲しい」
という声が上がりました。
その中で「東芝EMI」に専属しデビューする事になりました。
早速、デビュー曲を製作する事になり、
作詞に秋元康さん、作曲を筒美 京平さんに依頼し
曲が2曲「好きと言いなさい」と「殺意のバカンス」
が出来たのですが、美奈ちゃんはとても意志が強い子で、
最初は「好きと言いなさい」で行くつもりが、
歌詞がアイドルチックでバカっぽいからイヤ!っと
突っぱねて「殺意のバカンス」に決めたのです。
この曲は、歌詞が「背中から・・」という様な
とても大人びたもので、いわゆるアイドルデビュー
としては少し異色なものでした・・。 
http://www.youtube.com/watch?v=04b8Z62V1kg&feature=related
(You tubeの画像から)
その時から、彼女は自分の意志をハッキリと言う子で
衣装も自分で選んだり、お化粧・・メイキャップも
自分の色を自分で出したいと言うので、勉強させて
自分で行っていました・・。
この事は、当時のアイドルしてはそれは彼女だけでした・・。
歌の振り付けさえも、自分で勉強してアイディアを出し、
練習して形にしていました・・。
あの「ヘソ出しルック」も私からでは無く、彼女から
「これ、歌のイメージにあっていいじゃない?」
と提案して来て、「1986年のマリリン」で
大ブレイクしました。 
http://www.youtube.com/watch?v=QRWwnmY57Rc&feature=related
(You tubeの画像から)
それからは、寝る間も惜しむ様な忙しさで、芸能活動をし、
その間、海外にも行きロンドンでレコーディングを行ったり、
今、話題のマイケルジャクソンのハウスに招かれ、
そこでもレコーディングをやったりしました・・。
また、「クイーン」のブライアン・メイが曲を創ってくれたり
ゲイリームーアが曲を創ってくれたりして、
普通のアイドルではない事を彼女はしてきました・・。
そして、彼女は女の子だけのロックグループをつくりたいと
全国からオーディションをして「ワイルド・キャッツ」
というロックグループも結成しました。 
http://www.youtube.com/watch?v=WUnwW8AcXe0&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=vK_He_JN53k
(You tubeの画像から)
でも、これは一年足らずで解散してしまいました・・。
その理由は・・女の子が何人も集まるとやはり色々な問題が
生じて来て、本人はそれをずっと見て悩んで来たからだそうです・・。
そして、彼女は再び一人で活動する様になりました。
この事に対してファンの中には「普通のアイドル」
では無い処に、違和感を覚えた方も多かったと思います・・。
~つづく~
(次回、19日に更新予定。)