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スピリチュアルな感じでどうですか?

スピリチュアルって実は人間にとってごく当たり前のことだったりするんですよねぇ~^^
私が感じたスピリチュアルなことを書いてますんで、まぁ読んでみてください♪

昨日は久しぶりに会う仲間たちと

楽しい時間を過ごすことができました。


今日は、その時に感じたことを話したいと思います。


昨日、みんなで食事をしているときに

自己啓発の話になりました。

仲間の一人が自己啓発セミナーに参加し

また他の仲間、二人が同じセミナーに参加すると

そういう話で盛り上がっていました。


その時に私が


「そのセミナーに1度参加すれば問題なさそう?

 セミナーから帰って日常生活に戻ったら

 また元に戻るってことない?」


と質問したら

これから参加する仲間の一人が


「知り合いの旦那さんが参加して

 意識が変わって帰ってきて

 今もそれが続いているって言ってたよ。」


ということを言いました。


「そうなんだ。面白そうだね。」


と私が言うと


「本当に興味あるの?絶対ないと思ってた。

 まず否定から入ると思ってた。」


と言われました。


この会話で私は

普段、自分では思っていなくても

相手が否定されていると思うような話し方をしているんだなと

気付かされました。


また、周りの他の仲間が

同じように否定されているように感じているのか

確認をしていないので分かりませんが

仮に、周りの他の仲間が

否定されていると感じていなければ

私に「否定から入る」と言った仲間は

人から意見されると「否定された」と感じる人なのかもしれない

ということにも気付かされました。


コミュニケーションの基本は会話です。

その会話で使われる言葉。

その言葉の使い方によって

相手にどう解釈されるか変わるということですね。


当然のことのように思われるかもしれませんが

これが意識出来ていない人が多いから

不必要に摩擦が起こるのだと思います。


改めて言葉の大切さに気付かされた

そんな昨日の休日でした。

前回の記事で書いたもう一つのワクワクは

残念ながら叶わなくなりました。


このもう一つのワクワクも人と会うということでしたが

叶わないということは

今が出会う時期ではないということなのでしょう。

その時が来るまで、ワクワクはお預けです。


必要な時に必要な人と出会い必要な事を知る。

これは自然の摂理であって、原理原則だと思っています。


こう考えれば

浮かれることも落ち込むこともありません。


多くの人が浮かれ落ち込むのは

自分の思い通りにしたいという気持ちが強いからです。

思い通りになれば浮かれ、思い通りにならなければ落ち込みます。


このように目の前の事象に一喜一憂しているということは

思い通りにしたいという気持ちが強い証拠だと言えるでしょう。


最近、私はこの浮き沈みが減ってきています。

これもこの1年で得られた変化の一つです。

そしてこの変化が得られた大きな理由は

瞑想の実践にあります。


さて、上京して師と会うまでの時間をどう過ごすか?

時間はたっぷりあるので楽しみながら考えていきたいと思います。

来週上京して師に会えることを楽しみにしている割には

内側がとても静かです。


楽しみなんですが、テンションもそれなりに上がっているんですが

妙に静かなんです。

とても不思議な感じです。


明日は久しぶりの仲間たちと会えるので

それも楽しみです。

そしてやはり、楽しみなんですが静かです。


これまで、浮き沈みの「浮き」の状態を意識することが少なかったのですが

この「浮き」の状態は「沈み」の状態以上に気を付けないと

一気に針が逆に振り切ってしまう可能性があると

瞑想を通して気付かされました。


最初は意識してテンションを下げようとしていましたが

今は、上がったテンションが自然にフラットになります。

無感動とは違う、何か別の状態というか、そんな感じです。

ちょっと言葉で表現できないのがもどかしいですね。


「感情は自分のものではない」


徐々にではありますが実感できつつあります。


「浮き」の状態は喜び・楽しみの反応であり

「沈み」の状態は怒り・悲しみの反応であり

それらは過去の記憶から作られる幻想。


目の前で起こる事象はそれ以上でも以下でもない。


分かってはいるんですが、実感できていなかった感覚が

今、腑に落ちるという意味で分かりつつある感じです。