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ヒロポタンの足跡

これは、気まぐれヒロポタンのたどった足跡(主に飲食系 その他諸々)を忠実に、そして、写実的でありながらも叙情的な文章で綴った、臨場感溢れる心温まる手記です。

 祝日木曜朝の10時。テレビ鑑賞に飽きたので、2階の部屋から窓越しに雨模様の空を見上げてみた。おおかた予想通りの何とも冴えない茫洋たる風景が果てしなく広がっていたのだが、意外にも屋根の上辺りからヒバリの歌声を耳にした。人間なら、5分も外に出ていれば全身しっとりと濡れてしまうような雨がコンスタントに降り続く中、「ヒイチブ、ヒイチブ…」と、軽やかに歌を歌っていたのだ。晴天ならともかく、何もこんな雨っぷりの日にまで恋人募集中のアピールをしなくてもいいのではないかと、思わずクスリと笑ってしまったのだが、まあ、ヒバリにはヒバリの婚活事情があるのだろう。ここは寛大な気持ちになって、雨にも負けずに上空のどこかで歌い続けているヒバリの歌をしばらく耳で楽しんだ。但し、この日は我が家においても、雨になど負けてはいられない骨肉の争いがこれから待ち受けていた。…あ、ホネは、ないか、多分…。

 さて、リビングに戻って、クークーと寝息を立てながらウスラ笑いを浮かべてうたた寝しているうちのカミさんを、そっと揺さぶり起こした。そろそろバトルの時間が迫りつつあるためだった。4月29日となるこの日、人気しゃぶしゃぶ専門店「ゆず庵」において、上質の豚ロース肉及びバラ肉を、限界の先にある疲労を伴った恍惚感に身も心も満たされるまで思いきり食べ尽くそうという、血湧き肉躍る黄金週間の幕開けに相応しい贅沢な企画が、実は数日前に家内水面下で立案されていたのだった。そして、いよいよ実行に移す時を迎えることとなったのである。子供も自分も既に気合いを入れて着替えを終わらせ、残すところ靴のヒモをかたく結び直すのみの状態になった。あとはうちのカミさんに気合いを注ぐのみ。「さあ、ママ!出撃の時間だ。睡魔に負けないで!」と、迫り来るバトルまでの時間に焦る気持ちをぐっと抑えて、優しく起床を促した。



 降りしきる雨の中、我等が臨む戦場には、自家用車に乗っておよそ10分弱で到着した。我々の宣戦布告すべき時は昼前の11時である。そのため、駐車場には他の車はまだ2~3台しか停まっていなかった。

 気合いで拵えた透明のたすき掛けを背中で再度キュッと締め直し、「たのもうっ!」と暖簾をかき分けて店内に入ると、若い女性店員がニコニコとした表情で「いらっしゃいませ~。お待ちしておりました~。」と、まるでこちらを待ち受けていたかのような余裕の素振りで、物腰柔らかく店内の奥へ我々を誘った。「ウ…できる…」と、少々うろたえながらも案内に従って、予約で確保されていたボックス席にぎこちなく腰を下ろした。 

 注文の方法について一通り説明を受け、遂に戦いの幕が切って落とされた。戦いの相手は、自分の中に潜んでいる限界という殻をうち破れないもう一人の自分である。しかし、今回、自分には必勝すべき秘策があった。胃袋が限界ラインの到達に気がついて満腹を示す信号を脳指令部へ向けて送信する前に、野菜盛り合わせなどには目もくれず、上質のしゃぶしゃぶ肉をとことん味わいつつもなりふり構わず断続的に喉もとの奥へ送り込んでしまおうという奇襲作戦である。


〈熱気に煙る主戦場〉

 この作戦が功を奏し、1人当たり税抜き1980円の元をとることにおそらく成功したものと思われたのだが、しかし、思わぬ伏兵に一矢を報いられた。子供が残した茶碗蒸しに、どうしても手が届かなかった…。


 イチゴのジェラートは美味しくいただけたのに。

 己の限界に負けたのか…。窓の外はカナシイ涙の雨に濡れていた。

 負けないで!…どうにかなるサと、おどけてみせて! 
 ガッツだぜ、ヒロポタン!!
 …と、「異物」混入させて閉める。