先週から、大船渡市、釜石市、三陸高田市、気仙沼市と4つの市に調査に行ってきました。
大船渡市は震災直後から入り活動をしてきましたが、大船渡市街地は家屋の撤去も進み、早い人では家屋の補修を開始した人もいました。
そして多くの仮設住宅が建ち並び入居を待つ状態でありました。
しかしながら同じ大船渡市でも三陸町などはまだまだ時間が要するにと感じました。
翌日は三陸高田市、気仙沼などに調査に行き、多くの自衛隊、警視庁の警察官が捜索をしているなか、調査を開始し、三陸高田市では地元の建設作業員から聞き取り調査し、沿岸部にあった海水浴場も海の底に沈んでしまった事や、防潮堤を利用した野球場の観覧席を確認してきましたが、無惨にも崩壊してしまいました。
今回の津波で我が県にも津波警報が発令されたにも関わらず、数%の人しか逃げなかった現実をもう一度再認識し、多くの亡くなられた人のためにも、津波がこなかったからラッキーと思い、すぐに高台に避難する必要があると感じました。
大船渡市は震災直後から入り活動をしてきましたが、大船渡市街地は家屋の撤去も進み、早い人では家屋の補修を開始した人もいました。
そして多くの仮設住宅が建ち並び入居を待つ状態でありました。
しかしながら同じ大船渡市でも三陸町などはまだまだ時間が要するにと感じました。
翌日は三陸高田市、気仙沼などに調査に行き、多くの自衛隊、警視庁の警察官が捜索をしているなか、調査を開始し、三陸高田市では地元の建設作業員から聞き取り調査し、沿岸部にあった海水浴場も海の底に沈んでしまった事や、防潮堤を利用した野球場の観覧席を確認してきましたが、無惨にも崩壊してしまいました。
今回の津波で我が県にも津波警報が発令されたにも関わらず、数%の人しか逃げなかった現実をもう一度再認識し、多くの亡くなられた人のためにも、津波がこなかったからラッキーと思い、すぐに高台に避難する必要があると感じました。