先の大戦で唯一地上戦が繰り広げられ、県民の4人に1人が無くなった沖縄戦。実質的な戦闘終結の日から81年目に当たる今日、摩文仁の丘平和記念公園で記念式典が行われた。
玉城知事の平和宣言は 「81年という年月の長さに、思いを馳せます。あの日、今と変わらず照りつける太陽の下で、一筋の光も届かない壕の、真の暗闇の中で、いつ止むか分からぬ砲弾の中で、あるいは、逃げ込んだ先で罹患したマラリアの苦しみの中で、生きることを渇望し、かなわなかった、20万を超える命。
沖縄には今も、その東西の果て、南北のすみずみに至るまで、悲劇の記憶が残されてい
ます。」で始まり、最後に、島言葉と英語で平和に対する想いを伝え次のように結んだ。
「あまたの人々の命を奪った沖縄戦の悲劇は今も深く刻まれています。我々は戦争の悲
惨さを共有し、二度と愚かな行為を繰り返してはなりません。遠い国の戦争でさえも暮
らしに影響する現実に対し、あらゆる戦争に反対すること、平和を実現することは単な
る理想ではなく、取り組むべき責任が求められています。
沖縄県は、戦争体験を受け継ぐ沖縄こそが平和に貢献できると信じ、世界の人々とと
もにその役割を果たすことをここに誓います。」
その後に挨拶した高市さんの「沖縄の基地負担軽減に取り組んでいます」という、通り
一遍で現実とは正反対の中身のない話は聞くに堪えなかった。
沖縄から戻り30数年経つが、やんばるを逃げ惑った「お母さん」の話や、未だに癒えない傷を負った人たちの話はいまでもしっかり覚えている。
日本本土の盾としていまも日米の基地が存在し更に拡大している。再びあの惨禍を繰り返さないよう、慰霊の日の今日改めて思いを強くした。
今日は夜、児童養護施設の職員と地域の主要メンバーとの懇親会に出席した。彼らは地域の行事に積極的に参加してくれて、高齢化が進む地域の支援隊として、貴重な存在となっている。
これからも良い関係を築いていければ良いと思う。
今日山形の友人からピッカピカに輝いているサクランボが届いた
早速頂いたが素晴らしく甘くて瑞々しい。感謝だ。
