日経電子版のコピぺ
ジャパネットたかたの創業者である高田明氏が近年魅了されているのが能を作り上げた世阿弥。一見ミスマッチな組み合わせだが、相手に何かを伝えるという点で能と通販は共通しており、多くの部分で共鳴しているという。氏の経験を通じて世阿弥の教えを紹介する。
私は会社員を経て、父が経営するカメラ店で15年ほど働きました。1986年、37歳で独立し、現在のジャパネットたかたを設立。40歳くらいまではカメラ販売や写真の現像サービスのほか、近隣のホテル宴会場での撮影を請け負う小さなカメラ店の経営者でした。1990年、地元ラジオ局に誘われて初めて通販番組に出演し、カメラを紹介したところ、約5分間の放送で100万円ほどを売り上げました。当時の月商の半分です。「これは面白い」と思い、店頭販売から通信販売へと舵を切りました。テレビ通販に進出したのは1994年です。MCとしてテレビに登場するようになり、おかげさまで売上高1700億円を超える企業へと成長を果たすことができました。
そして2015年、社長を退任。2017年からは縁あってサッカーJ2のクラブチーム、V・ファーレン長崎の社長を務めています。振り返ってみれば年齢を重ねてきた分、経営者としてはもちろん、夫として父としていろいろな経験をしてきました。いいこともあれば、悪いこともある。人生は山あり谷ありです。自分の実力や努力とは関係なく、何をやってもうまくいくときもあれば、どんなに手を尽くしても駄目なときもあるものです。みなさんもそんな経験を一度はしているのではないでしょうか。
世阿弥はそれを「男時(おどき)」「女時(めどき)」と表現しました。『風姿花伝』の中で、こう説明しています。
「また、時分(じぶん)にも恐るべし。去年(こぞ)盛(さか)りあらば、今年は花なかるべきことを知るべし。時の間(ま)にも、男時・女時とてあるべし。いかにすれども、能にも、よき時あれば、かならず悪きことまたあるべし。これ、力なき因果なり」
男時とは、勝負事において自分のほうに勢いがあるとき、女時とは相手に勢いがあるときのことを言います。世阿弥は、この男時、女時の時流は努力ではどうにもならない宿命だと捉えました。どんなに懸命に稽古しても、うまくいかないときはいかないのです。
世阿弥の時代、能は「立合(たちあい)」という形式で、互いの芸を競い合いました。何人かの役者が同じ日に同じ催しで、勝負するのです。といっても、審判がいるわけではありません。どちらの芸がより見栄えがするか、観客の人気を集めるかで、勝敗が決まりました。
たとえ、わずかな差であったとしても、勝てば評価が上がり、人気もうなぎ上り。負ければ人気は落ち、後ろ盾となってくれるパトロンを失うこともあったでしょう。立合は、緊張感のある、自身の座の命運を懸けた大勝負の場だったのです。
■人の気はコントロールできない。
人の気ほど移ろいやすいものはない。どれほど一生懸命にやっても認められないときはあるものです。観阿弥、世阿弥の父子は室町時代の将軍、足利義満の寵愛を受けていましたが、義満の死とともに不遇の時代を迎え、世阿弥は晩年、佐渡へ流されています。自分の努力ではどうしようもないことがある。どんな世界でも、それは同じです。明日どうなるかは、自分の力では決められません。
ビジネスの場合なら、例えば「地政学リスク」があります。ある特定の地域で起こった紛争や、政治的・軍事的な緊張の高まりが、その地域のみならず、世界経済の先行きまで不透明にするリスクのことです。
日本から遠く離れた国で何かが起こっても、あるいは米国のトランプ大統領のような影響力のある人物の発言によっても、株価や為替レートが上下します。誰もそれを確実に予測することはできません。ほかにも消費税を上げると国が決めたとします。どんなに嫌だと思っても、自分の力で増税を食い止めることは不可能です。
自分ではどうしようもないことなら、それに翻弄されたり、あらがったりするのではなく、受け入れる。何かが変わるのを待つことが大切です。
待っていれば多くの場合、転機が訪れます。チャンスと言ってもいい。私の経験を振り返ってみても、「もう駄目かもしれない」というピンチを乗り越えた後ほど、必ずよい風が吹きました。
男時に果敢に攻める。女時はじっと耐えしのび、やがて来る男時に飛躍するための英気を養う。仕事にせよ何にせよ、心に無用なさざ波を立てずに生きていく秘訣はこの一言に尽きると思います。
女時には、どんな心持ちで過ごしたらいいのでしょうか。「現状を受け入れたくない」と口にしても事態は何も変わりません。そんなときこそひたすら、今自分がやれることにもっともっと集中して取り組むしかない。そうすれば男時がめぐってきたとき、自分の夢に近づけるのではないでしょうか。
■現状を受け入れるしかない
私の経験を振り返ってみると、これまでに何回か、「これはまずいな」と思ったピンチを乗り越えてきています。1回目は、ジャパネットたかたの創業前、私の生まれ故郷である長崎県平戸市で、両親と4人の兄弟でカメラ店をしていた頃の話です。突然、あるお客様から契約を打ち切られてしまったことがありました。そのお客様の取引額は、当時の年商の約3分の1を占めていたので大きなダメージでした。
そこで心機一転、次男坊である私が平戸から30kmほど離れた佐世保市に店を出すことになりました。佐世保市の人口は平戸市の約10倍。佐世保に行けば、これくらいのことは乗り越えられると思い、立ち向かっていったのです。むしろ逆境が奮い立たせてくれました。私が30歳ときでした。
ところが、佐世保に拠点を移してからしばらくすると、別の危機が訪れました。またも大口の顧客との取引が突然なくなってしまったのです。当時、社員旅行に同行したり、温泉旅館の宴会に顔を出したりして、写真撮影を代行する仕事が多かったのですが、あるとき、記念撮影の仕事で懇意にしていた団体に何の前触れもなく切られてしまったのです。月商がやっと300万円に届いた頃で、その団体だけで毎月50万円くらい売り上げていましたから、それはもうショックでした。
その団体とは5年ほどのお付き合いがありました。毎年正月三が日に記念撮影があり、妻と子供3人を連れて行くのが恒例でした。契約解除の理由は値段だったのか、ほかの要因だったのかは分かりません。
このときも、平戸のときと同じです。平戸のときは佐世保に移った。では今回はどうするか。自分で変えられることは何かと考えました。
私はこれを境にこの取引先を諦め、個人客中心に広く商売をしようと心に決めました。そうすべきだという気持ちがふつふつと湧いてきたのです。大口のお客様はもちろん大事です。ただ、それにも増して顔が見える一人ひとりのお客様を大事にすることの重要性をこのとき強く感じたのです。
「平戸じゃなければ商売できない」「あのお客様がいなければ利益が出ない」。そんな特定の考えに固執していたら、環境が変わったときに身動きができなくなります。
外部環境に変化が起きたら、「自分ではどうすることもできない部分」は諦めて、「自分でどうにかできること」に集中するしかありません。過去の成功体験から得た教訓も、長年にわたって会社を支えた主力商品も、別のものにシフトする覚悟が必要なのです。
■テレビがパタリと売れなくなった。
それが2013年、現実のものとなりました。話はその数年前にさかのぼります。2010年、ジャパネットは絶好調でした。原動力となったのは、地上デジタル放送対応のテレビです。
この売れ行きを後押したのは、2009年5月から2011年3月まで実施された「家電エコポイント制度」と、「地上デジタル放送の完全移行」です。
家電エコポイント制度は、2008年のリーマン・ショックを機に日本政府が景気対策の一つとして取り組んだ事業です。この期間、国から付与されるエコポイントを使えば、省エネルギー性能の高いエアコンや冷蔵庫、地デジ対応テレビをかなり割安な価格で手に入れることができました。
また、2011年7月に地上アナログ放送は終了し、地上デジタル放送に完全移行することが決定していました。従来のアナログテレビだけではデジタル放送を見られないので、新たに地デジ対応テレビなどを買う必要があったのです。
この2つの要因で、地デジ対応テレビへの買い替え需要が一気に盛り上がりました。最盛期は地デジ対応テレビが1日に約1万台売れるほどの人気ぶりでした。これによりジャパネットの2010年の売上高は1759億円、経常利益136億円と、ともに過去最高となりました。
そんな状況が地デジへの完全移行を境に一変しました。あれほど売れていたテレビがパタリと売れなくなったのです。もちろん完全移行後の落ち込みは予想していたものの、それをはるかに超えていました。業界全体でテレビ市場は3割ほど縮小するのではないかという予測がありましたが、実際には7割減となりました。
ジャパネットも当然ながら煽(あお)りを受け、テレビの販売額はピーク時の5%程度まで激減したのです。
当時の主力商品であるテレビの販売不振が大きく響き、2012年度の売上高は1170億円、経常利益は73億円。2010年度と比べると、売り上げは3割以上、利益は5割近くの大幅減になりました。
普通に考えれば、会社始まって以来の危機かもしれません。でも、私はそう捉えていませんでした。シンプルに考えよう、そう思いました。
年が明けて2013年、何をしたのかといえば、原点に立ち戻りました。新たな領域にチャレンジしたのではありません。ジャパネットがもともと得意としてきた家電の販売を強化していくことにしたのです。
もちろん販売不振に陥ったテレビも家電です。しかし、テレビだけが家電ではありません。これまでテレビばかりを売ってきたけれども、掃除機や炊飯器、エアコンなどまだやり切れていない商品があるはずと大きく方針を転換しました。チャンスは意外と近くにあるものです。おかげさまで2013年12月期の売上高は1423億円まで持ち直し、経常利益は154億円と、過去最高益を達成しました。
■過去でもない未来でもない今を懸命に生きる
現状を受け入れ、やれることには八方手を尽くして天命を待つ。それでも、どうにもならないこともあるかもしれませんが、一心不乱にやっていれば、最後は神様が助けてくれる。私はそう信じています。
人生にはうまくいかないときもあります。そのときは少し我慢しながら、過去でも未来でもない、今というときを一生懸命に生きればいい。それ以外に自分に降り掛かってくる問題を解決する手立てはありません。今に200%、300%のエネルギーを注ぐのです。
そうすれば明日が変わり、明日が変われば1年後も変わります。私はカメラ店時代の苦しい時期も、ジャパネットで全くテレビが売れなくなったときも、そうして乗り越えてきました。
②に つづく