入院生活で、約2ヶ月立位練習をしていなかったのですが、下肢装具が合わなくなったら困るのと、足のむくみがあるので、何より安全に足に負荷をかける方法で始めました。
約10分の立位練習です。
まずは腰を伸ばすと言うか、乗せる為に、最初、先生が私の後ろから抱きかかえる状態から始まるですが…。
久々に立ったせいか、私のオナラ炸裂!
しかも先生の股間に直撃!(@_@;)💦

仕事とはいえ…可哀想な先生デシタ。

上の添付写真は、
ガス炸裂前、先生が腰を乗せようとしているところです。

こちらの写真は、下肢装具装着して、膝の金具を留めてる所です。
隔離病棟でのこと、
意識の戻らない状態から、
せん妄状態へと…。

頭がハッキリしていない状態で、
水を飲むことから食事まで、身の回り全てをずっと看護師さんがしてくれていました。

コップを持つことも重たくて持ちにくく、
ペットボトルも開けられない状態でした。
コンセントも差し込めません!💦

車椅子で鍛えてた自慢の上半身の筋肉は落ちてしまって…。
腕の太さは半分位に!💦
隔離された病室で、
こっそり筋トレ!(^_^;)💦なんかしていました。

5年かけて、車椅子を自由に乗り回す事が出来る様になっていたけど、自分の体を支えられなくなってしまった筋力が、退院後は心配でした。

…下半身不随の私の場合は尚更です。

そんな状態から、
1週間程度のリハビリで少しだけ復活!

そして退院して1週間。
家での車椅子生活は、
なんとか出来る様になったけど…。
生活の変化や薬が変わったことによってか?お腹の調子が大変です。(^_^;)💦

生活環境ってスゴイですね。

ゆっくり時間をかけて戻したいと思います。

今更ながら、
亡くなった父の気持ちが分かります。
私は悪い息子でした。

身をもって反省しています。

良い生き方をしたいと思います。
m(_ _)m

 

 退院後、

ストレッチをしていたところ…。


(💩_💩;)💦…出ちゃいました!💦


排泄障害という

何よりも辛い症状です。


運良く妻が居たので、

30分程で排泄物処理完了!


その時、

部屋は臭さ満載になってしまうので、

昔、愛犬用に買った消臭機が大活躍!


…まさかオレが使うとは。(-_-;)


数日後、

今度は朝起きたら…💩漏れてるし。


朝5時、

妻を起こし処理してもらう。


またもや

愛犬の消臭機が大活躍!


完全にへこんでしまった私に…。

妻は言いました。


今回、

主治医に「奇跡でも起こらない限り助かりません。」と言われた時、

妻は、「もっといろいろしてあげたかった。……なにがなんでも生きていて欲しい!」そう思ったそうです。


今回の排泄処理も…。


妻は私のお尻を拭きながら言いました。

「また、こうやって世話が出来ることに…幸せを感じてる。」って、


オレは幸せ者デス。



…オレに出来ること。







コロナウイルス感染による入院生活一月半。

点滴4箇所、
酸素マスクと尿排出カテーテル、
いろんな物に繋がれて前半の一月。

点滴は100本くらいしました。

そんな入院生活の前半は、何がなんだか分からないまま過ぎました。

20日過ぎに意識は戻ったものの、それ以降は目覚める度にいろんな部屋に変わってて。

……「せん妄」と言うやつです。

今回のせん妄はとにかく怖かった。
恐怖と不安の日々でした。

視神経脊髄炎らしき脊髄炎になった5年前の時もせん妄に悩まされましたが、その時のせん妄、半分以は楽しかったのに…。

今度せん妄になったら、「これはせん妄だ!」って、見破ってやる!なんて言ってたけど、完全にヤラれた。((-_-;)💦

せん妄が無くなるまで、10日くらいかかったでしょうか…。
現実と幻想の世界は、ホント脳が狂ってるとしか思えないです。

薬の副作用や、隔離された孤独感などで強いストレスから「せん妄」とやらになるとのこと。

今でもせん妄の内容は全て覚えてます。

…恐るべし せん妄(@_@;)💦


このネジってるカーテンが💦裸で逆さに吊るされてる妖怪に見えた!👀💦
何故か病室が船になって、毎夜日本海に鰆漁に行く。
鰆を逆さに吊るされた妖怪が、大きな口を開けてムシャムシャ食べてる。
…それをベッドから見ているオレ。

せん妄一直線 (@_@;)💦

今年のお正月から1月20日頃まで、

全く記憶が消えている。

自分が何処に居るのか?

何故ベッドに寝てるのか?

全く分からないままで目覚めたオレ。

何処かの病院らしいけど。。。


何で妻は来ないんだ?

何でオレは病院のベッドに寝てるんだ?

そこに病院の先生らしき人が現れて、

「奇跡です!奇跡が起こりました!」と、私に話しかけました。


私はコロナから酷い肺炎になり、

9割はダメな状態だったとのこと。


主治医の先生曰く、

72時間がタイムリミットだったらしく、

お別れに妻を会わせてくれたらしい。


感染予防のため、

厳重装備で私に会った妻。

病院関係者の皆様や、妻の強い願いに助けられて、私は奇跡的な回復を。


この時期のコロナの重症者は少なく、大抵2,3日熱が出て治る程度らしく、私の重症度は県内トップクラスとのこと。

もし治ったとしても、酸素吸入は離せない状態になるでしょう。

そう医師に言われていました。

意識が回復して、治療中にも、そのことは覚悟しておいた方がいいと、直接主治医に言われました。


そんな私は、

主治医の手を両手で握り、

「また奇跡を起こしましょう!」

そう言ったらしいてす。


その時の私は酷いせん妄状態で、

いろんなものと戦ってました。


入院生活2ヶ月弱、

奇跡の生還までの全てを、これから書こうと思います。


自己免疫疾患を持つ私に…コロナ。

命をかけた体験でした。