私たち夫婦は、母の日の前日に結婚式を挙げた。
入籍した日は、その翌々日。
挙式前日に、結納。
ほぼ一週間、婚姻に係る記念日で埋まる。ゴールデンウィークならぬ結婚記念ウィークと宣言する私を、笑って見守ってくれる夫。
二世の誕生は期待できない年齢での初婚。夫となってくれた人はどちらかといえば不器用で、世渡りも下手。共働き必須の年収なのに、家事レベルも今ひとつ。
誠実で従順な性分で、大丈夫かなと思うくらい私の意思を尊重してくれて、人間的な暖かみもあって、少々のドジもくすっと笑って許せてしまえる愛嬌がある。
大好きだよと、しつこいくらい声かけてくる。
何でも深刻に捉えてすぐ落ち込んでしまう私は、彼の天真爛漫さに救われている部分が大きい。
大学時代、恋人がいた。
黙ってオレについてこいという、昭和気質の先輩。
性交渉こそ愛の証と信じて疑わず、高校生の頃から経験豊富だった事を、武勇伝のように堂々と語っていた。
性交渉は恐怖かつ苦痛でしかない私が彼の誘いを拒否すると、心を開いてくれないんだね、と嘆かれ、親友に打ち明けても、慣れの問題だ、と冷やかされ。
今でこそ、デートレイプという性暴力も認知されているが、当時はそういう時代だったんだろう。
その結果、妊娠が分かると、あっさり棄てられた。
それからまもなく、その人は別の女性と幸せな結婚をし、何食わぬ顔で立派なパパをやってるらしい。
消えた生命が不憫すぎて、自分の愚かさに何度も子どもの後を追いたいと願い、立ち直るまで四半世紀近く要した。
結婚式には、元彼とのいざこざを知る旧友も出席してくれた。泣いて祝福してくれた子もいた。
こんな私のために、大勢が貴重な時間を犠牲にして付き合ってくれた。
皆に恥じないよう生きたい・・・と決意を新たにさせられた時間だった。
晩婚なので、夫といられる日々も限られているかも知れないが、これからもふたりで歩む道のりを大切にしていきたいと思う。
誠実で従順な性分で、大丈夫かなと思うくらい私の意思を尊重してくれて、人間的な暖かみもあって、少々のドジもくすっと笑って許せてしまえる愛嬌がある。
大好きだよと、しつこいくらい声かけてくる。
何でも深刻に捉えてすぐ落ち込んでしまう私は、彼の天真爛漫さに救われている部分が大きい。
私には、大学時代の恋人がいた。デートレイプの末、妊娠した事が分かると、あっさり棄てられた。それか
在学中はどこにでもいる普通の学生らしい付き合いが続いたが、社会人となり遠距離恋愛となってからは、彼の転勤先の近くにホテルを予約しデートを重ねるようになり、次第にセフレのような扱いを受けるようになった。
性交渉が苦痛だった私が彼を拒絶するたび、愛のない証拠だと嘆かれ、友人に相談しても、慣れの問題だと冷やかされる。
今でこそ、デートレイプという名の性暴力も認知されるようになったが、当時はそういう時代だったんだろう。
そして、妊娠が分かると捨てられる事になる。それから間もなく、相手は別の女性と結婚したらしい。
私はずっと、結婚する気にはなれなかった。自分は幸せにはなってはいけないと思っていた。
あの子の父親を名乗るべきだったあの人は、小さな命の存在すら忘れ、何食わぬ顔でほかの子の立派な父親してるじゃないか。
私があの子を忘れたら、本当にあの子は報われない。
だけど、結婚してしまった。
日本の社会は基本的に、独身にさほどやさしくない。何より、孤独に耐えられるほど、私は優秀でも強かでもなかった。
二世の誕生は期待できない年齢での初婚。夫となってくれた人はどちらかといえば不器用で、世渡りも下手。共働き必須の年収なのに、家事レベルも今ひとつ。
誠実で従順な性分で、大丈夫かなと思うくらい私の意思を尊重してくれて、人間的な暖かみもあって、少々のドジもくすっと笑って許せてしまえる愛嬌がある。
大好きだよと、しつこいくらい声かけてくる。
何でも深刻に捉えてすぐ落ち込んでしまう私は、彼の天真爛漫さに救われている部分が大きい。
結婚
しかしそれからほどなくして、別の女性と結婚したと共通の友人から知らされる。
泣いて、私も子どもの後を追う!と自暴自棄な私を、母が静かに諭してくれた。
心の中で毎日、我が子に詫びながらも前を向いて生きる事が、あんたの使命でありせめてもの供養
懸命に生き抜いて、あの世で沢山、土産話をしてあげるようにならないと、今のあんたが向こうで我が子に対面したところで、蹴飛ばされるのがオチだよ
それからずっと、結婚する気にはなれなかった。自分は幸せにはなってはいけないと思っていた。
あの子の父親を名乗るべきだったあの人は、小さな命の存在すら忘れ、何食わぬ顔でほかの子の立派な父親してるじゃないか。
私があの子を忘れたら、本当にあの子は報われない。
だけど、結婚してしまった。
日本の社会は基本的に、独身にさほどやさしくない。何より、孤独に耐えられるほど、私は優秀でも強かでもなかった。
二世の誕生は期待できない年齢での初婚。夫となってくれた人はどちらかといえば不器用で、世渡りも下手。共働き必須の年収なのに、家事レベルも今ひとつ。
誠実で従順な性分で、大丈夫かなと思うくらい私の意思を尊重してくれて、人間的な暖かみもあって、少々のドジもくすっと笑って許せてしまえる愛嬌がある。
大好きだよと、しつこいくらい声かけてくる。
何でも深刻に捉えてすぐ落ち込んでしまう私は、彼の天真爛漫さに救われている部分が大きい。
結婚式には、元彼とのいざこざを知る旧友も出席してくれた。泣いて祝福してくれた子もいた。
こんな私のために、大勢が貴重な時間を犠牲にして付き合ってくれて、一生の想い出ができた。
皆に恥じないように生きたいと決意を新たにさせられた時間だった。
晩婚なので、夫といられる日々も限られているかも知れないが、これからもふたりで歩む道のりを大切にしていきたいと思う。
ほぼ一週間、結婚に係る記念日で埋まる。ゴールデンウィークならぬ結婚記念ウィークだと宣言する私を、笑って見守ってくれる夫。
私には大学時代から長年、付き合ってきた恋人がいた。
無口で無愛想、黙ってオレについてこいという、昭和気質な人だった。
私は亭主関白な男性が好みだったし、そんな生き方を否定しない私を彼も気に入ってくれたようだ。
若さ補正もあり、紳士淑女カップルと学友たちも祝福してくれた。
ただ、学部や学年が違っていたので、大学で一緒に過ごした時期は短く、遠距離恋愛として過ごした時間が占める。
万事器用で人間関係もソツなくこなせる彼は、学生バイトの頃から職場の先輩に重宝されていた。
社会人になってからもそれは変わらず、あっという間に責任ある仕事を任されるようになっていた。
非の打ち所がない男性に見えるが、彼にも欠点はあった。そういう自分を鼻にかける所だ。
誰彼かまわず、批判しないと気が済まない。もちろん私も批判の対象だった。
そして、性交渉が大好きな彼。地元の高校にいた頃から彼女が絶えず、その辺りの知識もかなり進んでいたらしい。
一方で私は、婦人科の内診に恐怖を覚えるほど、性交渉が苦痛なタイプ。
拒否すると、オレを愛していない証拠だと嘆かれる。友達に相談しても、慣れの問題だよと励まされる。
今でこそ、デートレイプという性被害も認知されてきているが、当時はアッサリからかいのネタにされた。そういう時代だったんだろう。
遠距離恋愛となってからは、彼の転勤先に宿を取り、そこを拠点としてデートするわけだが、その環境をいいことにセフレのような関係性に変わっていく。
じっくり話をしたくても、彼はTVに夢中で上の空か、すぐ寝落ちする。会話らしい会話よりも、食事してベッドに入って・・・の時間ばかり過ぎていく。
結果、妊娠してしまう。
数週間が過ぎ体調に明らかな異変を感じつつ、ひとりで病院へ行くことが怖かった私は、ずっと彼に相談していた。
ようやく逢えた日、彼は薬局に走り、妊娠検査薬を調達してきた。しかし、それを使うより先に私を押し倒してきた。結果が分かってからだと、その気が失せるからと言われた。
妊娠が確定した当初、彼は有頂天だった。
私は適齢期だし、ぼんやりしていて他に嫁の貰い手もないし、周りが祝福してくれると信じて疑わない様子だった。
私の両親は、人生をなめ切った私たちを当然、責めた。
それまで実の親からさえきちんと叱られた試しがなかった表向き優等生の彼には、初めての試練だったのだろう。
自分の親をちゃんと説得できないお前が問題!その程度の覚悟で子育てなんか無理!と、私に不満をぶつけるようになった。
そして、オレたちの未来のために、ちゃんと結婚するまでは子どもは諦めよう、と頭を下げてきた。
出産よりも堕胎の方が、母体に与えるリスクは少ないらしい!と持論を展開してきた。
意味が分からなかった。
悲しい手術の日、もちろん彼が姿を現す事はなかった。仕事が理由だった。病院へは母親が付き添ってくれた。
その後、やっていく気をなくした・・・と別れを告げられた。
しかしそれからほどなくして、別の女性と結婚したと共通の友人から知らされる。
泣いて、私も子どもの後を追う!と自暴自棄な私を、母が静かに諭してくれた。
心の中で毎日、我が子に詫びながらも前を向いて生きる事が、あんたの使命でありせめてもの供養
懸命に生き抜いて、あの世で沢山、土産話をしてあげるようにならないと、今のあんたが向こうで我が子に対面したところで、蹴飛ばされるのがオチだよ
それからずっと、結婚する気にはなれなかった。自分は幸せにはなってはいけないと思っていた。
あの子の父親を名乗るべきだったあの人は、小さな命の存在すら忘れ、何食わぬ顔でほかの子の立派な父親してるじゃないか。
私があの子を忘れたら、本当にあの子は報われない。
だけど、結婚してしまった。
日本の社会は基本的に、独身にさほどやさしくない。何より、孤独に耐えられるほど、私は優秀でも強かでもなかった。
二世の誕生は期待できない年齢での初婚。夫となってくれた人はどちらかといえば不器用で、世渡りも下手。共働き必須の年収なのに、家事レベルも今ひとつ。
誠実で従順な性分で、大丈夫かなと思うくらい私の意思を尊重してくれて、人間的な暖かみもあって、少々のドジもくすっと笑って許せてしまえる愛嬌がある。
大好きだよと、しつこいくらい声かけてくる。
何でも深刻に捉えてすぐ落ち込んでしまう私は、彼の天真爛漫さに救われている部分が大きい。
結婚式には、元彼とのいざこざを知る旧友も出席してくれた。泣いて祝福してくれた子もいた。
こんな私のために、大勢が貴重な時間を犠牲にして付き合ってくれて、一生の想い出ができた。
皆に恥じないように生きたいと決意を新たにさせられた時間だった。
晩婚なので、夫といられる日々も限られているかも知れないが、これからもふたりで歩む道のりを大切にしていきたいと思う。