こんにちは、ROKOママです
HSC、感覚過敏強めの兄弟を育てています
息子二人は不登校で時々放課後登校や フリースクールに通っています。
二人をサポートする私もHSP
そんな二人と私の日常やアスペルガーのパパと過ごした日々の事、感覚過敏への対応など綴っています
どうぞよろしくお願いいたします
*このブログでは大人の発達しょうがいについても書いていますが、あくまでも我が家の場合であることをご了承くださいませ
離婚関係
12月のある日、
デジタルカレンダーの日付を見て
ふっと心に冷たい風が通るのを感じました
3年前のその日いつも通りの日常を過ごしていた私に届いた
パパからのメール。
「コロナ陽性になりました、今から帰宅します
先週から職場でかなり流行っていたので
多数の人が罹患しました」
え…
パパの職場は不特定多数の人が出入りすることもありますし、
メインの仕事場は事務所、という空間に
それなりの人数が居る状況。
そこで前の週からコロナに掛かっている人出ていたなら
パパだって感染リスクがあったのは十分予想可能です。
しかも、今と違ってその頃はまだ自宅待機期間も長かったり
濃厚接触者も隔離される様な期間でした。
でも…
パパはいつも通りで私とは挨拶以上の会話はなく
家庭内で距離を置く為、夜は子どもが寝てから帰宅していましたが
早く帰ると決めた曜日には夕方に帰宅し
次男とお風呂に入ったり
一緒に食事をしていました
少しでも職場の状況を知らせてくれたら良かったのに…。
漏れなく私も子どもも感染し
長男に至っては41℃の発熱で
かなり大変な想いをしました。
あ、パパはずっと自室に籠り
私は一階で子どもと自分の看病に励みつつ
パパに食事を運ぶという毎日でした
パパからの報告が遅れたことで潜伏期間に遊んでしまった
長男のお友だちも感染し
「今はどこで感染するかわからないんだし
ROKOちゃんの家からもらったってわからないんだから
気にしないでね
」
と言われたものの時系列を見れば明らかで…
これ、感染したパパを責めているのではないんです
でも、せめて職場で感染した方が居た時点で
一言でも言ってくれたら長男はお友だちの家に遊びに行かせなかったとか
子どもとパパの接触を少しでも減らした、とか
対策ができたのにな…という所なんです。
今もインフルやコロナが流行する中、
お仕事に励んでいらっしゃる方、
学校という集団で頑張る子が居て
その中で感染してしまうのは仕方ないことですもんね。
でも、いつも色々口出しするパパなのに
自分に良くないことがあるような状況は
教えてくれないって、やっぱりパパなんだなぁと思ったのでした。
時々その時を思い出すたび、
長男は
「あの時、パパが一言でも言ってくれたら良かったのにね
」
と話題に出すのです
そして、この家族全員コロナとなったあたりを境に
私たち家族のバランスはそれまで以上に一気に崩れていくのです。
長くパパが家にいることで緊張する私と子ども。
いつも居ないのに長く家にいることで
見えてくる子どもの姿にずっと口出ししてくるパパ。
そこで生まれる長男と次男へのあたりの違い。
【差別】と言っていいほどの違いに私も長男も心が折れ
パパに優しくされている次男までも
「パパにベタベタされて疲れる…」と元気をなくしていくのです。
その頃、パパにとって家にいる最後の砦が次男だったと言ってもいいくらい
次男に執着していました。
次男ならパパを好きなはず。
次男がパパを好きなうちは、この家に俺の居場所がある。
そんな思いがパパの言動からは溢れていて
逆に
【俺を必要としていない人は敵だ】
というような言動が私と長男には向けられていたように思うのです。
結果的に12月半ばにコロナにかかり
その頃の自宅待機期間を考え
そのままパパもお正月休みに入ってしまい
息苦しい4人での生活を送る中、
私は
「年末年始のお休みが終わっても
家族は終われない…
このままは私も子どもも深呼吸して笑顔で生活できなくなる」
と思い離婚を決意することになったのでした。
もちろん、その前もずっと離れることしか考えられなくなっていましたけどね
なので、カレンダーを見ると
その時の4人での息苦しい時間か蘇り
そこから別居、離婚までにかかった労力を思い出し
ザワザワするのでした…
が、目の前に視線を向ければ
おだやかに笑い合う子どもたちが居て
温かいリビングの空気が流れていて…
あぁ、本当にあの時決意してよかったなぁとも思えるのでした
読んでくださりありがとうございました



