鉄鋼大手が決算発表を受けて行った電話会見は、終始重苦しい雰囲気が漂っていた。(東洋経済オンライン/山田 雄大

 

 

 「コロナの発生前は2020年度の黒字化にメドをつけていた。だが、コロナの影響で生産・販売とも底割れ。バンキング(高炉の一時休止)による一過性の変動費悪化もあり、上期は大幅赤字が避けられない」と日本製鉄の橋本英二社長は悔しげに語る。そして、JFEホールディングスの寺畑雅史副社長は、「これまでに経験したことがない、厳しく不確実な状況だ」と危機感をあらわにした。

 

 新型コロナウイルス禍でざまざまな業界の企業が大打撃を受けている。高炉メーカーと呼ばれる鉄鋼大手は、製造業の中ではもっとも逆風にさらされている業種の1つだ。

 

15基中6基の高炉が止まる異常事態

 主力顧客である自動車の生産が急減し、建設工事も停止するなど、鉄鋼需要が大幅に縮小している。「足元の稼働率は6割ギリギリ」(橋本社長)という惨状だ。

 

 日本製鉄は2020年2月、事業環境の悪化を受けて全国各地の生産拠点の能力を削減するリストラ策を発表したばかり。だが、足元の需要急減を受けて、4月以降、鹿島(茨城県)、和歌山(和歌山県)、君津(千葉県)、室蘭(北海道)、小倉(福岡県)にある高炉のバンキングを次々と決めた。2月からバンキングに入っていた呉(広島県)の高炉と合わせると、日本製鉄が保有する国内高炉の15基中6基の稼働が今夏には止まる異常事態だ。

 

 鉄鉱石と原料炭を投入し熱風を吹き込み、溶けた銑鉄を作る高炉は製鉄所の象徴である。高炉を停止して炉内が冷えると溶融物が固まってしまう。そうならないように事前に準備をして、送風を止めて再稼働可能な状態で休止するのがバンキングだ。

 

 停止にも再稼働にも費用も手間もかかるため、軽々に決められる措置ではない。が、JFEも4月に倉敷(岡山県)、福山(広島県)で1基ずつのバンキングを決定している。

 

 日本製鉄の場合、バンキングする6基の生産能力は全体の3割。そのほかの高炉でも生産調整を行い、なんとか需給バランスを保っている。日本製鉄、JFE、神戸製鋼所とも2021年3月期の業績見通しを公表していないが、黒字確保は限りなく難しいのが実情だ。

 鉄鋼大手が厳しいのは、コロナ前から事業環境が著しく悪化していたからだ。コロナの影響がわずかだった2020年3月期、日本製鉄は4315億円、JFEは1977億円、神戸製鋼は680億円のいずれも最終赤字となった。

 

 赤字に陥った要因は2つある。1つは、米中貿易戦争に端を発した世界経済の失速で鉄鋼需要が落ち込んだこと。自動車用を中心とした数量の減少に加え、市況の影響を受ける建設向けや輸出向け鋼材価格が下落した。にもかかわらず、鉄鉱石など主原料価格は高止まりしたことで採算が悪化した。これがもう1つの要因だ。その結果、鉄鋼事業の一部資産の減損も余儀なくされ、赤字額が膨張した。

 

不況でも原料価格は下がらない?

 こうした背景には鉄鋼産業の構造問題がある。世界の粗鋼生産は年間約20億トン弱に対して、中国は約10億トンを占める。世界的な鉄鋼需給が悪化する中で、原料価格が高止まりしたのは、中国政府の景気対策を受けて現地メーカーが過去最高の生産を行ったからだ。

 

 コロナで悪化した経済のテコ入れに中国政府が動けば、現地メーカーの”活発”な生産は変わらず、中国以外のメーカーにとっての「原料市況高・鉄鋼市況安」は続く。そのうえ、原油価格の下落で油井管などの資源関連、成長期待が高かった新興国向けなど全体需要は当分回復しそうにない。

 

 コロナが収束しても事業環境の劇的な好転は見込みにくい。相対的に堅調な中国大手の競争力が高まることは間違いないからだ。そのまま中国国内の需要が強ければ、原料市況は高止まる。逆に中国国内の需要が減少に転じれば、その巨大な生産能力が本格的に輸出に向かうことになる。いずれにしても逆風はやみそうにない。

 

 日本の年間粗鋼生産量は約1億トンで、そのうち6割が国内に、4割が輸出に回る。中国がアジアなどへの輸出を広げてきた場合、日本勢はこの4割の部分で競争が激化する。

 

 国内向けにも縮小圧力は強まる。国内向けの3分の1、約2000万トンは顧客(製造業)の海外向け、つまり間接輸出だ。コロナによって製造業の「地産地消」の流れが加速すれば、この間接輸出にも逆風となる。そして純粋な内需は、少子高齢化から需要が右肩下がりになるのは見えている。

 

 さらに、国内の競合が勢いづく可能性もある。景気低迷でスクラップ価格が下落。この結果、スクラップを原料に使い電気で溶かして鉄を作る電炉メーカーの競争力が高まっている。高炉メーカーに比べて電炉メーカーの企業規模は小さいが、建設用を中心に高炉のシェアが削られるだろう。

 

一時的な高炉の休止で済むのか

 今後の厳しい事業環境に備え、日本製鉄は2020年2月に呉の製鉄所閉鎖や和歌山の高炉休止を軸とする、国内生産拠点の再編を打ち出していた。続いてJFEも3月に京浜(神奈川県)の高炉休止を決めている。休止とは、恒久的な操業の停止を意味する。

 

 2019年に国内の粗鋼生産は9928万トンと10年ぶりに1億トンを割り込んだ。2020年は「上期でコロナが収束したとしても、(年間で)8000万トンを下回ることになる」(橋本社長)。8000万トンという水準は、業界でいずれ来るとささやかれてきた国内の生産規模である。それがいきなり到来したので、バンキングを続々と決めざるをえないのだ。

 

 日本製鉄がバンキングに踏み切った中で、九州製鉄所八幡地区の小倉の高炉はもともと2020年9月に休止予定だったため、そのまま休止となる。だがこの先、8000万トンという水準が定着するようだと、バンキングから休止となる高炉も増えそうだ。猛烈な逆風が吹きつける中、どれだけ身を縮めて生き残りを図るか。日本の鉄鋼メーカーは難しい判断を問われている。