アベノマスクの受注先の一つであるユースビオ(福島市)の事務所。表の窓には公明党・山口那津男代表のポスターが貼られていた(筆者撮影)

(© 東洋経済オンライン アベノマスクの受注先の一つであるユースビオ(福島市)の事務所。表の窓には公明党・山口那津男代表のポスターが貼られていた(筆者撮影)

 

 

 新型コロナウイルスの対応で、安倍晋三政権の行き当たりばったりを象徴するような、466億円の予算を投じた「アベノマスク」こと、布マスク。その受注先について、当初は納入業者は4社とされ首相官邸と厚生労働省は興和、伊藤忠商事、マツオカコーポレーションの3社を明らかにしていたが、残る1社については、なぜか、かたくなに公表を拒んできた。政権との癒着疑惑が強まってきたからか、ようやく4月27日に公表された社名。それは誰も知らない「ナゾの商社」だった──。

 

第4の会社は福島市の個人経営会社

 「布製マスクを納入した事業者は、興和、伊藤忠、マツオカ、ユースビオ、横井定の5社であります」

 

 4月27日午前に行われた官邸の記者会見で、菅義偉官房長官は用意したペーパーをさらりと読み上げた。それまで納入業者4社のうち1社の名前だけが公表されていなかったため、臆測が飛び交っていた。この日、納入業者は5社だったことを明らかにし、未公表だった2社の社名を公表した。

 

 横井定株式会社は1958年に創業、「日本マスク」というブランドで中国やフィリピンに工場を持つマスク専門企業である。

 

 一方、株式会社ユースビオは福島市にある無名の会社だ。ホームページもないし、NTTの番号案内にも登録されていない。しかも、グーグルマップで見る限り、社屋は平屋のプレハブのような簡素な建物だった。まるでペーパーカンパニーである。政府が公表を渋っていた理由は、この会社の関与を知られたくなかったのだろうと思うのが自然だ。4月27日の時点では、法務局の登記内容が確認できない状態だった(これはのちに、会社の定款に輸入業を加えるために、登記を書き換え中だったことが判明)。

 

 さらに調べてみると、同じ住所、同じ代表者名で、複数の会社が登記されていることがわかり、その一つ「樋山ユースプランニング」の電話番号が判明した。4月27日午後、この番号にかけてみるが、反応がない。約10分後、携帯電話からの着信があった。それがユースビオ社の社長・樋山茂氏だった。

 

 

 「会議中だから、手短に質問してくれますか」

 

 やや高い声で樋山氏は言った。マスコミ各社からの取材が殺到しているのだろう。

 

 最大の疑問は、安倍政権の目玉政策である布マスクの納入を、なぜ無名の会社が担当することになったのかという点。樋山社長は次のように答えた。

 

 「私の会社では、海外から燃料用の木質ペレットを輸入する仕事がメインです。その関係で、ベトナムのマスクを製造している工場を知っていた。東日本大震災のときから、復興関連事業で福島県と山形県とお付き合いがあったので、もしあれでしたらマスクを調達しますよというお話がスタートしたんですね」

 

 ――それが、なぜ政府とつながったのか?

 

 「山形県と福島県に話をしたところ、欲しいと言われて、調達の運びになりました。その後、国で一括でやるということにシフトしたんです」

 

 ――国との具体的な契約内容は?

 

 「布マスク350万枚を約4億円で受けました。すべて納入済みです」

 

 ――衛生面で不良品が出ているが、どのように管理していたのか?

 

 「うちのマスクは1枚も不良品は出ておりません。それからほかのところは納入に遅れが起きたり納期を守らなかったりしていますが、うちは納期を全部守って、1枚も不良は出ていません。

 うちのマスクは、コロナの問題が起きる前に、通常1枚300円から500円。高いものだと1000円を超えて取引されている品質のものです。安く調達して、洗って使うということと衛生上のことを考えて、人体に影響のないナノシルバーを練りこんだ糸を使った、抗菌マスクです。したがって非常に衛生的で今のところ事故報告もないと」

 

 樋山社長の饒舌な語り口は、取材されることを楽しんでいるようにも感じる。だが、饒舌な人ほど、自分が話したいことだけを口にして、肝心なことは隠す傾向が強い。

 

 なぜ、ユースビオの名前が公表されなかったか、尋ねると─―。

 「うちのマスクはまったく事故が起きていないということじゃないですか。汚れ、ごみ、カビ、虫、そういう問題が起きたときに、厚労省から名前の公表はOKですかという話がきました。最初にOKしたのはうちの会社です。なぜこれまで出なかったのか、私は知りません」

 

木質ペレットの輸出入が主業務

 ――会社の業務として、マスクの販売、輸入代理もやっている?

 

 「だから、最初に違うって言いましたよね! 木質ペレットの輸出入をやっていたんですって、最初に申し上げたですよね! それが主業務であって、マスクに関してはやっていたんですか、やってませんって私答えましたよね? なぜ間違った質問をされるんでしょうか?」

 

 電話の向こうで、樋山社長は明らかにいらだっていた。

 

 マスクの専門業社ではない会社が、なぜ納入業者として選ばれたのか聞くと─―。

 

 「緊急だからでしょ、それでは」

 吐き捨てるように言い放って、彼は電話を切った。

 

 強烈な違和感が残り、4月27日午後、私はユースビオのある福島市に向かうことにした。

 

 東日本大震災のときから交流のある福島県庁の幹部に、ユースビオ社について聞いたところ、こんな答えが返ってきた。

 

 「今回の報道で初めて知った。地元でも無名の会社。通常は実績のまったくない専門外の業者を、県が国に紹介するなどありえない。だが、今回は緊急事態という建前があるので、政治力で決まった可能性はある」

 

 福島市の中心部から外れた場所に建つ、プレハブ風の長屋。その一角に、ユースビオ社の事務所はあった。郵便受けの社名は、白いテープで隠されている。窓には、公明党・山口那津男代表のポスターが貼られていた。

 

 引き戸を開けると、段ボールが雑然と置かれた殺風景な狭い部屋の奥に、青いジャンパーを着た初老の男性がひとり座って、電話対応していた。声の調子から樋山社長だとわかったが、表情は険しい。殺到する取材陣に嫌気がさしていたのだろう。

 

 数時間前、電話で話したときは、会議で忙しいと言っていたが、他に人の姿はなかった。今流行りのリモート会議だったのか。

 

 電話を終えた樋山社長に、質問をしようとしたが、もう取材は受けないと決めたと言う。多額の税金が投入されている案件には、説明責任はあるはずだ。しかし、食い下がる私に対して、樋山社長はけんか腰だった。

 

 ついには、「警察を呼ぶぞ!」というセリフまで飛び出したので、客観的な事実を確認する方針に変えた。

 

自宅の土地と建物は一時競売にかけられていた

 樋山社長の自宅に関して調べると、自宅の土地と建物は、競売物件として4月9日に公示され、5月に入札される予定になっていた。しかし、4月24日付で債権者から競売を取り下げられていたのである。

 

 布マスクに関連する動きを時系列で並べると、奇妙な偶然が重なっていた。

 

4月 1日  安倍首相が、全世帯に2枚の布マスク配布を発表

  9日  ユースビオ社・樋山社長の自宅が競売公示

  10日 福島瑞穂議員(社民)が、マスク納入業者の開示を厚労省に要求

  同日 ユースビオ社が、登記の変更申請

  17日 布マスクの配布スタート

  23日 ユースビオ社が、福島県にサージカルマスク2万5000枚を寄付

     公明党の伊藤達也県議が「知人の厚意で寄贈」とフェイスブックに投稿

  24日 納入事業者として、政府が伊藤忠商事、興和、マツオカの3社を公表

   同日 樋山社長の自宅・競売取下げ

  27日 納入業社として、ユースビオ社と横井定を公表

  28日 国会で、加藤厚労相が「ユースビオ社の輸入業務をシマトレーディング社が行っていた」と答弁

  同日  ユースビオ社の登記・変更完了、「輸入業」などが追記される

 

 ご覧いただくように、4月23日には、公明党の伊藤達也・福島県議会議員が「知人の厚意」により福島県にサージカルマスクを寄付していた。伊藤県議のフェイスブックには「知人」としか記されていないが、この知人とは樋山社長のことだろう。別のメディア取材に対し、樋山社長は創価学会員であることを語っている。

 

 また、加藤厚労相の国会答弁でも出てきたシマトレーディング社は、樋山社長の親族が経営する花の輸入業者である。同社が登記されていた場所は、福島市内のひなびた温泉街の外れにある。2階建ての木造住宅に樋山家が住んでいたが、十数年前に千葉県へ越してからは空き家になっている、と近所の住民が話してくれた。

 

アベノマスクは、強引な政権運営の象徴か

 2018年6月7日、福島地裁は約3200万円を脱税したとして、福島市の電気通信機器業・樋山茂被告に、懲役1年6カ月、執行猶予3年、罰金400万円の判決を下した。

 現在、樋山社長は、脱税で執行猶予の身だったのである。

 

 官公庁の調達では競争入札が原則だが、布マスクは「緊急性が高い」として、随意契約だった。ただし随意契約の場合は、これまでの実績などが問われるのが一般的だ。ユースビオ社のように、急ごしらえブローカーが、国の事業に関与するのは異例である。

 

 今回のユースビオ社の納入に、果たして政治家の関与があったのか、よくわかっていない。もしかすると、マスク製造・販売のルートを持っていた同社の情報が、公明党の人脈を通じて福島県などに届き、納入に至った可能性が考えられる。ただし、実績も何もない福島の企業が選ばれた経緯については、不明朗な印象がぬぐえない。納入企業の公表を政府が渋り、公表までに何週間もかかるというのは、政府に何か隠したい事情があったと見られても仕方ないことだろう。

 

 ユースビオ社が急遽、定款の目的に「輸入」を加えたのは、政府担当者の指示であることを樋山社長がメディアでの取材に答えている。貿易に際しての通関上の要請だけでなく、国民の批判を逃れるために、つじつまを合わせようとしたのかもしれない。

 

 アベノマスクの一連の動きに国民の多くは、森友学園や加計学園と同じ構図を感じ取った。懸念を払拭するという点について、政府の説明は極めて不十分である。

 

 あるいは、アベノマスクそのものが官邸官僚の思いつきに安倍首相が安易に乗ってしまったため、調達先の確保に窮してしまい、ユースビオ社のような実績のない無名企業にまで声を掛けざるをえなかったのか。そうだとすれば、ユースビオ社は騒動に巻き込まれた一当事者になる。 

 

 アベノマスクを通して、あらためて浮き彫りになったこと。それは、官邸の「思いつきの政策」に誰も意見することができない「風通しの悪さ」と、無理が通れば道理が引っ込む日本の現実ではないだろうか。(岩澤 倫彦)