新型コロナウイルスの感染拡大にともなって、日本政府はようやく入国制限の強化に乗り出した。

(東洋経済オンライン/青沼 陽一郎

 

 安倍晋三首相は、3月5日の新型コロナウイルス感染症対策本部で、感染が拡大する中国や韓国からの入国者に対し、宿泊施設や医療施設など検疫所長の指定する場所で2週間待機し、公共交通機関を利用しないことを要請するとした。香港やマカオも対象になり、日本人も含む。両国からの航空便の到着も、成田国際空港と関西国際空港に限定し、船舶についても旅客運送の停止を要請する。

 

 中国と韓国にある日本大使館や総領事館で発給された1次、数次ビザは効力を停止。韓国と香港、マカオに対するビザ免除の措置も停止する。この措置は3月9日から運用を開始し3月末まで実施する。また、感染の深刻な韓国やイランの一部地域を3月7日から入国拒否の対象とした。

 

 安倍首相が、全国の小中学校と高校、特別支援学校に臨時休校を唐突に要請してから、これがちょうど1週間後のことになる。

 

 

水際対策がなぜこんなに後手に回ったのか

 日本の子どもたちには、感染リスクを避けたいとする一方で、外国からの感染リスクを招いていた矛盾がこれで解消されることになる。本来ならば、まったく順番が逆で、水際対策の強化が先決のはずだ。しかも遅い。

 

 中韓両国の入国制限の強化を表明するわずか3時間前には、4月に予定されていた中国の習近平国家主席の来日延期が発表された。これを受けてのことなら、これまで国民の健康や安全を守ることよりも、中国への忖度が優先していた、と言われても仕方ない。

 

 その中国では、ここのところ新たな感染者の公表数が減少傾向にある。代わって海外で増加している。そこで今度は呼び戻しを懸念して、北京市や上海市では日本からの入国者に14日間の自宅や指定施設での隔離、外出制限を2月下旬から義務付けていた。その後も重慶市や広東省などでも同様の措置がとられた。日本の対応は新型コロナウイルスの発生国よりも後手に回っているありさまだ。

 

 それどころか、5日の時点で、日本からの入国・入域制限をしている国と地域が22、入国後の2週間の隔離など行動制限をしている国が53に及ぶ。世界からみれば、日本は新型コロナウイルスが“大流行している国”であることは間違いない。

 

 1週間前には19都道府県で200人だった日本国内の感染者は、5日までに29都道府県345人になった。クルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」の感染者や、武漢からのチャーター便帰国者を含めると1000人を超えた。5日には東京・足立区で小学校に通う10歳未満の女児と保育園に通う男児の姉弟が感染していたことも確認されている。

 

 私は2003年に台湾、香港、中国で猛威を振るったSARS(重症急性呼吸器系症候群)の現地取材の経験に基づいて、日本人の感染者が認められた1月の下旬から、警鐘を鳴らしてきた。だが、新型コロナウイルスの影響は、とうにSARSを超えてしまっている。

 

 このウイルスがSARSと違って厄介なのは、感染者の2割が重症化する一方で、8割は軽症であり、無症状のケースもあることだ。2日の政府の専門家会議の見解では、感染していても無症状や軽症である10代から30代の若年層が、自分でも気づかないうちに感染を広めているとした。それで高齢者にうつると重症化しやすい。

 

 

大阪で発生したとみられるクラスター

 大阪では、2つのライブハウスから、8都道府県以上に感染が広まっている事例が報告されている。大阪市都島区のライブハウスでは、5日までに客や関係者が17人で、その家族など周辺の9人に広まった。クラスター(小規模感染集団)がはじけて、次のクラスターを発生させる連鎖が起きているとみられる。

 

 韓国での急速な感染爆発は、キリスト系新興宗教の礼拝に感染の疑われる信者が参加していたことが原因とされる。そこでは信者が合唱していたとというが、この小規模な感染拡大事例が大阪のライブハウスといえる。

 

 専門家会議では、風通しの悪い屋内の閉鎖的な空間で、至近距離で一定時間交わることによって感染が広まるとして、具体例としてライブハウスのほか、スポーツジム、屋形船、ビュッフェスタイルの会食、雀荘、カラオケボックスなどを挙げている。

 

 SARSでも中国本土から香港をはじめ世界に拡散していったきっかけは、ホテルからだったことは以前にも書いた。中国広東省で新型の肺炎の治療にあたっていた医師が宿泊した香港のホテルの同じフロアの宿泊客に感染していく。そのフロアの廊下も換気が悪く、狭くて閉鎖的なものだった。ほぼ、パターンは重なっている。

 

 ただ、大阪のライブハウスからの感染は、症状が出て発覚したり、濃厚接触者を検査して判明したものだが、無症状や軽症者はその自覚すらないまま市中を出歩いている。

 

 厚生労働省では、6日からPCR検査を保険適用にして、検査を受けやすくする方針だ。そうするとこれまで明らかになっていなかった”隠れ感染者”が見つかる可能性は高い。同省から公表されている数字にも反映されて、一気に多くなることも否定できない。

 

 この1〜2週間が感染拡大防止の瀬戸際として、安倍首相がイベントなどの自粛を求めてから、すでに1週間が過ぎた。いまさらながらの水際対策の強化と同時に、マスクの買い占め、転売を禁止する措置にも乗り出した。いままで中国人旅行客が開店前のドラッグストアに並び、開店と同時にマスクを買い占めていく光景があった。自分だけではなく、家族や友人のためだ、と言って。積極的な対応だとしても、やはり時期が遅すぎる。

 

 さらには、トイレットペーパーが店先から消えた。デマによる買い占めによるものだ。29日の安倍首相の会見の中でもこのことに触れ、トイレットペーパーのほぼ全量は国内生産であって、十分な供給量がある、と語っているにもかかわらず、買い占めの勢いは止まらない。

 

 もはや首相の言葉を信じないのか、デマをそのまま信じているのか知らないが、いくら注意を呼びかけてもこの国から特殊詐欺の被害がなくならないのも理解できる。あるいは、店頭から消える光景に不安を煽られての行為なら、それこそ”トイレットペーパー恐怖症”とでも呼ぶべき別の感染が起きていることになる。

 

 

過去の教訓を生かした台湾

 明らかに後手後手にまわる政府の対応。自覚のないままウイルスを撒き散らす現象。そうなると国民一人ひとりの自衛がますます重要になる。

 

 自分が感染しないようにすると同時に、むしろ、もう感染しているのかもしれない可能性も考慮した対策が必須だ。感染していたとしても、絶対に人にうつさない他人を思いやる本当の意味での忖度が必要になる。

 

 かつてSARSの現場取材で訪れた台湾で、移動にタクシーを利用したときのことだ。運転手が笑い話だとして、こう話してきたことがある。

 

 「台湾の歴史をたどると、これまでに4回侵略されている。最初はオランダに。その次は日本に。3回目は国民党に。そして4回目はSARSだ」

 

 その台湾では、過去の経験から早期の対応で感染者は44人(3月6日時点)にとどめている。それに比べると、日本の感染症対策の認識の甘さが浮き彫りになる。

 だが、ここで日本が新型コロナウイルスに侵略されるようなことがあってはならない。