「今や安倍政権はなんでもありだ」(東洋経済オンライン)

 

最近、こんな言葉が永田町や霞が関に広がっている。

 

森友学園や加計学園問題に始まり、安倍晋三首相主催の「桜を見る会」、さらには検察官の定年延長問題と、政権中枢が関わる問題が表面化すると、場当たり的な説明で切り抜けようとし、それが破たんすると関連する公文書を改ざんしたり、廃棄したり。揚げ句の果てには法律解釈を強引に変更したりと、やりたい放題だ。

目の前の問題を処理するために、歴代内閣が積み重ね、作ってきた手続きや法秩序をいとも簡単に無視し続けているのだ。

 

 

失われつつある独立機関の政治的中立性

為政者が政権維持のために短期的な成果を上げようと強引な手法をとりたがるのは、安倍政権に始まったことではない。だからと言って手続きや法律などを軽視すれば、法秩序が揺らぎ、倫理観が壊れ、社会全体が混乱するなど、中長期的にはより大きな公益が失われる。

 

ゆえに、政権の行う政策などが公平さや公正さを保っているか、法律に抵触していないかを常にチェックする必要があり、そのために内閣からある程度独立した組織が政府の中にも作られている。具体的には会計検査院や人事院、内閣法制局などだ。広い意味では日本銀行なども独立性が認められている。

 

ところが今、これら独立性の高い組織が本来の役割である行政のチェックを行うどころか、安倍政権が起こす問題の対応に巻き込まれ、政治的中立性を失いつつある。

 

コロナウイルスとともに国会で大きな問題となっている東京高検の黒川弘務検事長の定年延長問題では、人事院と内閣法制局が重要な役割を果たしている。森雅子法相は、定年が近づいてきた黒川氏の定年延長を認めるため、1月17日に法解釈の変更を「口頭」で決済し、その後、内閣法制局や人事院と協議し、了承を得たと説明している。

 

この説明をすんなりと受け入れられないのは、2月12日の国会審議で、人事院の松尾恵美子・給与局長が「現在まで特に、(検察官の定年をめぐる)議論はない」と答え、検察官には国家公務員法の定年制は適用されないという従来からの政府の法解釈について、「同じ解釈が続いている」と答弁しているからだ。この答弁を見る限り、人事院が中立的な立場から内閣の対応にくぎを刺していると受け止めることができる。

 

 

「口頭」で法解釈を変更

ところが、松尾局長の答弁の翌13日、安倍首相が衆院本会議でいきなり「法解釈を変更した」と発言した。ここから人事院の姿勢が一変する。

 

松尾局長は12日の発言を「言い間違えた」と取り繕った。ところが、法解釈変更の決裁について、松尾局長は「内部で決裁をとっていない」と発言している。このあたりに心の揺らぎが見て取れる。一方の森法相は「口頭で決済した」と強弁している。

 

そして、もう1つの独立機関である内閣法制局は、近藤正春長官が安倍首相にしっかりと歩調を合わせて答弁をしている。さらに人事院や内閣法制局との協議の記録がないとしている。

 

法律の解釈を変更してやりたいことをやるというのは、安倍政権の好む手法のようで、すでに憲法9条の解釈を180度転換し、集団的自衛権の行使を容認している。今回の法解釈変更というのは法律の世界では非常に重要なことであり、その目的や必要性、それが合理的であるかどうかなど説明ができなければならない。

 

当然、内閣法制局などとの協議の経過や最終的な決済などの文書がなければならないが、それが「口頭」というのである。まさに「なんでもあり」状態である。

 

人事院は自らの組織について、「国家公務員法に基づき、人事行政に関する公正の確保及び国家公務員の利益の保護等に関する事務をつかさどる中立・第三者機関として、内閣の所轄の下に設けられた」(人事院ホームページ)と説明している。

 

為政者が政治的目的などのために人事を歪めたりすることをチェックすることも、人事院の重要な役割なのである。松尾局長の初期の答弁には人事院の「矜持」を感じたが、安倍首相の本会議発言を機に一変してしまったのは残念としか言いようがない。

 

 

内閣法制局は官邸の追認機関になった

一方、内閣法制局は内閣に付属する機関ではあるものの、「法律問題に関し内閣並びに内閣総理大臣及び各省大臣に対し意見を述べる」(内閣法制局ホームページ)ことが業務の1つである。

 

憲法解釈をはじめ、法解釈の最終的なゲートキーパーの役割を果たし、歴代首相と言えども内閣法制局を無視して好き勝手な解釈を振り回すことはできない。それゆえに為政者から嫌われることの多かった組織でもあった。

 

ところが周知のとおり、安倍首相は外交官出身の小松一郎氏を強引に長官に起用した。小松氏は安倍首相の意向に沿った形で憲法9条の解釈を変更し、集団的自衛権を容認する姿勢を示して実現させた。この人事がターニングポイントとなって、今や内閣法制局は独立性を弱め、首相官邸の意思決定の追認機関となってしまっている。当然のことながら今回の検察官の定年延長問題でも、中立的立場からの発言は見られない。

 

会計検査院の変質も見逃せない。森友問題に関して会計検査院は国有地売却に関して説明がつかないほど価格が値引きされていること、あるいは関連する公文書が改ざんされていることにいち早く気づいていた。にもかかわらず、そのことを指摘しなかった。

 

会計検査院は国会や裁判所と同じように憲法に定められた極めて独立性の強い組織である。

 

ホームページには組織の責務を「この国のお金が正しく、また、ムダなく有効に使われているかどうかをチェックする機関です。会計検査院は、このような重要な仕事を他から制約を受けることなく厳正に果たせるよう、国会、内閣、裁判所いずれの機関からも独立しています」と高らかに紹介している。ところが実態は、積極的に政権に物申すことができなくなっている。

 

「安倍一強」と言われる政治状況のもとで、中央省庁は本来期待されていたボトムアップの政策の企画立案の役割が縮小し、主要な政策が官邸主導のもとトップダウンで決められ、役所はその下請け機関、執行機関となっている。その結果、官僚の士気は下がり、転職者が増え、モラルも低下していると言われている。

 

 

繰り返される思いつきの政策

であれば余計に、首相官邸が打ち出す政策などについて第三者的組織のチェックが重要になるのだが、すでに述べてきたように会計検査院や人事院、内閣法制局などの独立性の高いはずの組織が、本来の役割を果たせないばかりか、安倍一強のもとにひれ伏しているかのような状況になっている。

 

長く政権を維持してきた自民党だが、歴代首相でここまで統治システムの根幹部分に手を突っ込み、独立性の強い組織の主体性を奪ったケースはないだろう。

 

その結果、安倍首相やその周辺の一部の人間が思いついた政策などが専門的な知識もなく、時間をかけた慎重な検討もなく打ち出されている。そして、何か問題が見つかると、場当たり的な理屈を作って切り抜けようとする。その際、関連する公文書が改ざんされたり、廃棄される。今回のように、突然法律解釈が変更されることも起きた。

 

それを会計検査院などの組織がチェックし問題点を指摘しなければならないのだが、逆に政権の意向に沿って追認を繰り返している。これが今の安倍政権である。これでは権力の中枢から法秩序も倫理観も消えてしまい、統治システムの混乱は避けられない。そういう意味で今、日本はまさに危機的状況にあるといえる。

薬師寺 克行 : 東洋大学教授)

 

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