2018年11月にアルゼンチンで開かれたG20サミットで、安倍晋三首相とアメリカのトランプ大統領(写真:時事通信)

 アメリカのトランプ大統領が安倍晋三首相からノーベル平和賞に推薦されたと自慢したことが国内外に複雑な波紋を広げている。

 

 統計不正問題で揺れる国会でも、野党側は早速「恥さらし」などと首相を批判。与党内からも疑問の声が出ている。首相とトランプ氏は「世界が認める親密な関係」(外務省幹部)ではあるが、今回のトランプ氏の軽口を受けて、海外メディアの多くは「やはり安倍首相はトランプ大統領の“ポチ”(愛犬)だった」と揶揄した。ただ、外交専門家の中には「安倍流の強かな猛獣使い外交」と評価する声も出ており、当分は国際社会で格好の話題となりそうだ。

 

 事の発端は15日のホワイトハウスでのトランプ大統領の記者会見だった。内外の課題に言及する中で、トランプ氏は、安倍首相から5ページの推薦状のコピーを手渡され、「日本を代表して謹んであなたを推薦する」と伝えられたと得意げに説明した。2月27、28両日には2回目の米朝首脳会談がベトナム・ハノイで開催される。関係各国の外交関係者の間でも「トランプ氏は米朝会談での合意に前のめりの証拠では」などと想定外のトランプ発言に揣摩臆測が広がっている。

推薦は「恥ずかしいほどの対米追従」

 一方、18日の衆院予算委員会で野党側はトランプ発言の真偽をただした。安倍首相は「ノーベル委員会は推薦者と被推薦者を50年間は明らかにしないのがルールなので、コメントは差し控えたい」としながらも、「事実ではないと言っているのではない」と、歯切れの悪い答弁を繰り返した。

 

 野党側は、国際社会で批判を浴びた中距離核戦力(INF)全廃条約破棄やイラン核合意離脱などのトランプ外交を指摘して、「(平和賞の)推薦はあり得ない。恥ずかしいほどの対米追従で国益を損なう」などと攻撃した。安倍首相は「(トランプ大統領は)北朝鮮の核・ミサイル問題の解決に向けて果断に対応している。拉致問題の解決にも積極的に協力していただいている」と反論。「アメリカは日本にとって唯一の同盟国であり、一定の敬意は払うべきだ」などと声を荒げる一幕もあった。

 

 政府内でも河野太郎外相が19日の記者会見で、「米朝のプロセスがさらに進み、北朝鮮が非核化、ミサイル放棄を実現した場合には、トランプ氏は平和賞に値するのではないか」と間接的に首相を擁護した。ただ、自民党内では「日本はトランプ氏にいいように利用されていると、国際社会で受け止められかねない」(長老)との懸念も相次いだ。

 

 昨年6月の歴史的な米朝首脳会談の前後から、トランプ大統領は地方遊説の場などで「ノーベル平和賞」に言及し、支持者が「ノーベル、ノーベル」と連呼する場面もあった。今回のトランプ発言も「お得意の自慢話の延長線上のもの」(外務省幹部)とみられている。外務省筋によれば 米朝首脳会談後にアメリカ側から「推薦してほしい」との打診があり、安倍首相がそれに応じて推薦状を送ったとされる。ノーベル賞の推薦は各国元首や国会議員、大学教授、受賞経験者らに資格があり、毎年2月が締め切りとなっている。

 

 安倍首相の推薦理由について、トランプ氏は「日本の領土を飛び越えるようなミサイルが発射されていたが、いまは突如として日本人は安心を実感しているからだ」と解説した。このトランプ発言に欧米メディアはすぐさま飛びついたが、トランプ氏に批判的とされる米有力紙はコラムの中で「本当に安倍首相は推薦したのか、トランプ氏が安倍氏と文在寅韓国大統領を混同しているのでは」と憶測するなど懐疑的な報道も目立った。

 

 一方、安倍政権に批判的な朝日新聞は18日付けのコラム「天声人語」で、「ノーベル賞級のお追従」とのタイトルで「賢く断る手立てはなかったのか」「いかにも外聞が悪い」などと安倍首相の対応を非難した。

 

 これに対し、首相支持派とされる産経新聞は20日付けのコラム「産経抄」で「(トランプ氏を)賞にふさわしいと考える人は多くないだろう」としたうえで、「(推薦を頼まれれば)日本の国益のために、同盟関係にある超大国の力を徹底的に利用するのは当然」と安倍首相を擁護してみせた。その上で、「天声人語」の「賢く断る手立て」に絡めて「どんな手立てがあるのか、ぜひ、教えて欲しい」と揶揄した。

米国追随か、対米自立外交か

 ここにきて、日米関係は貿易交渉などで厳しさを増している。ただ、事務レベルでの交渉担当者は「日米両首脳の極めて親密な関係が、危機を防ぐ最大の武器」(経済産業省幹部)と強調する。一部メディアの「盲目的な米国追随」「トランプ氏のご機嫌取り」などの批判についても、政府側は「首相は自由貿易、パリ協定、イラン核合意など重要な外交案件でトランプ氏と違う立場を堅持しており、まさに対米自立外交だ」(官邸筋)と反論する。

 

 今回の突然のトランプ発言に首相サイドは「4月1日だったら、みんなエイプリルフールだと思ったのだろうが…」と困惑を隠さない。ただ、自民党の外相経験者は「アメリカの大統領がどんな人物であろうと、日本の首相は個人的にも信頼関係構築に努力するのは当然。その延長線上でのノーベル賞推薦も有効な外交戦術ともいえる」と評価する。

 

 15日の会見でトランプ氏は、「おそらく受賞しないだろうが、それで構わない」と笑顔で語ったとされる。「来年の大統領選をにらんだトランプ流の自己宣伝」(外務省幹部)というわけだ。アメリカの事情通の間でも「今年秋にノーベル平和賞を逃せば『ノーベル賞はフェイクだ』と言って、逆に支持者の喝采を浴びるのが狙い」との見方がもっぱらだ。

 

 一方、今回の騒ぎについて、与党内では「日米の親密な関係の象徴でもあり、首相への注目度が上がれば、いろいろな批判も帳消しになる」と参院選などへの影響を懸念する声は少ない。さらに「ここでトランプ氏を推薦すれば、首相が日ロ平和条約交渉で合意にこぎ着けた時に、トランプ氏が平和賞の推薦人になってくれるはず」(細田派幹部)とのやや手前勝手な期待を口にする向きもある。

 

 こうしてみると、今回のノーベル平和賞推薦騒動は「トランプ氏という異形のアメリカ大統領の自作自演の喜劇」(外務省幹部)ともいえる。このため自民党内でも「野党などが攻撃しても、国際社会における首相の存在感を際立たせるだけ」(長老)との見方も少なくない。