11月19日の月曜日。日産のカルロス・ゴーン会長と、グレッグ・ケリー代表取締役が東京地検特捜部によって逮捕された。速報を見た瞬間、「まさか、何かの間違いでは」と思ったほど、寝耳に水の逮捕劇だった。

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 ただ、逮捕日直前の週末くらいから、東京地検に妙な動きがあるという情報はキャッチしていた。地方から続々と応援部隊が集結しているというのだ。こういうときにはただでさえ口の堅い検察関係者も一層堅く口を閉じ、内部から情報が漏れてくることはまずない。「近々、何か大きな案件に取り掛かろうとしているのか」と推測はしていたが、その矛先がまさか日産に向いていたとは想像していなかった。

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針の穴に糸を通すような立件手法

 カルロス・ゴーンとグレッグ・ケリー。百戦錬磨の経営者と弁護士出身のビジネスエリートである2人に、一切の動きを悟られないように、東京地検特捜部は相当慎重な捜査と内部調査を重ねてきたのだろう。

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 逮捕のタイミングもそのことをよく表している。海外に出ていた2人が、月曜日にプライベートジェットで帰国したところを見計らって地検が接触し、事情を聞くという段取りを踏んでいる。ゴーン、ケリー両氏に悟られないようにすることを何よりも最優先させた捜査だったと言えるだろう。

 

 ただし、立件の仕方を見ていると、針の穴に糸を通すような、かなり難しいやり方をしている。

 

 今回、ゴーン氏らの行為で問題視されているのは所得の過少申告だ。過少申告なら本来は所得税法違反、つまり「脱税」で立件するのが一番オーソドックスなやり方だ。だが、最初の段階でそれはできなかった。というのも今回の件については、国税が先に動いて検察が受けたという案件ではない。入り口から逮捕まで特捜部主導でやっている。日産社内からの内部告発を受けて、日産サイドの全面協力を得て情報を提供してもらって特捜部が立件したわけだ。

 

 その過程の中で司法取引が行われ、実際に「所得隠し」の実務を担当した日産社内の社員・役員に関しては、刑事的責任を問わないということを前提に情報を出してもらってきた。

 

 その捜査の中で、最も確実に立件でき、事件の入り口として最も適当だと判断されたのが、有価証券報告書虚偽記載という「金融商品取引法違反」だったのだろう。

 

 もちろんこれは全くの“別件逮捕”というわけではないが、あくまでも形式的な犯罪だ。

 

 つまり、もしも「意図的に所得を隠していた」ということであれば「脱税」による所得税法違反だし、「本来受け取るべきでない報酬であるにも関わらず受け取った」ということであれば、会社に損害を与えたということで「特別背任」による商法違反も成り立つ。場合によっては「横領」という形にもなる。

 

 いずれにしても本来なら、脱税や特別背任、横領などを問うべき案件なのだが、今回東京地検は、「まずはやり易い金商法違反でとりあえず身柄を確保し、取り調べをしかりやって解明していこう」という方針を立てて、形式犯のところから入ったのだ。

 

 全容解明のためには、今後の捜査で「本人たちがどの程度の意識をもってやったのか」というところをどこまで詰められるかが焦点になる。

ゴーン氏の刑事責任を追及せざるを得なかった事情

 逮捕容疑の中身をもう少し詳しく見てみよう。

 

 ゴーン氏の報酬として総計でおよそ50憶円、有価証券報告書で過少に記載されていた、ということであるのだが、報道を見て、もしかしたら一般の新聞読者やテレビの視聴者の中には、キャッシュ、あるいはキャッシュに近い株券や債券がゴーン氏の懐に入ったと思っている人もいるかもしれない。

 

 そうではない。日産が、オランダに設立した子会社に投資資金として回ってきたお金を使って、事実上、ゴーン氏専用の邸宅を、レバノン、ブラジル、オランダ、フランスの4か所で購入していて、それをもっぱらゴーン会長及びそのファミリーが利用していた。日産の金でゴーン会長の邸宅を買ったわけだから、事実上、ゴーン会長に対する形を変えた報酬ということになる。

 

 報道ベースではまだ判然としていないが、これらの物件の所有者が誰になっているのかも一つの焦点になる。日産の金で購入した邸宅をゴーン氏にあげたということになれば、その購入額が丸ごと報酬になる。あるいは物件の所有名義が日産になっていれば、利用した期間に応じ、本来払うべきだった賃料の合計が報酬となる。

 

 いずれにしても、購入資金なのか賃料なのか、その合計がマックスで50億円ほどになるということだ。その額が有価証券報告書に記載されていなかったということであり、ゴーン氏の懐や銀行口座に50憶円ほどのキャッシュが転がり込んだ、というわけではない。

 

 そういった意味では、日産側の「被害額」はまだ正確には確定していないと言える。脱税は金額の確定がないと立件できない。特別背任も、会社が被った損害額が確定しないと立件できない。横領も同様だ。つまりいずれにしてもそうした犯罪を立件するためには金額の確定が必要となってくる。それゆえに入り口の段階では、その種の犯罪を逮捕容疑にするのは難しかったのだろう。

 ところが有価証券報告書の虚偽記載は、記載された内容に間違いがあったら立件できる。だから特捜部はここを入り口に定めたのだ。

 

 先ほど、「針の穴に糸を通すような立件の仕方だ」と書いたのはそのためだ。ゴーン氏が会社を私物化したことはまず間違いないので「無理筋な事件だ」とは言わないが、少々危うい罪の問い方をしているのは間違いない。

 

 そうまでしてゴーン会長の刑事責任を追及しなければならなかった理由が日産、あるいは東京地検にはあるはずだ。

ルノー・日産・三菱連合は崩壊へ!?

 恐らく日産の経営陣の多くは、ルノーによる日産統合を画策している上、会社の私物化・専横が目に余るようになったゴーン氏を何とか排除したいと考えていた。しかし、取締役会で解任動議を提案するという「クーデター」を起こしても、仮に万一それが成功しても、何らかの逆襲を食らう恐れもあった。そこで、ウルトラCを狙って、捜査当局の協力を仰いでゴーン排除に動いたというのが今回の一件の本質ではないかと筆者は睨んでいる。言うなれば、特捜部を巻き込んだクーデター劇だ。

 

 もちろんゴーン氏側に何も問題がなければ検察が動くこともなかったろうが、「会社私物化」の明確な証拠がそこにあった。検察としても、日産側に協力する大義名分が立つという判断が下されたのだろう。

 

 今後の捜査についても触れておこう。入り口としては金融商品取引法違反から行くにしても、いずれは脱税、あるいは特別背任、横領というところでの立件を目指していくはずだ。

 

 これまでのセオリーを踏まえて予測するならば、金融商品取引法違反で捜査をし、次に特別背任あるいは横領について捜査し、そこで不正に得た報酬の金額が確定できれば、「それは報酬に当たるのだから本来は納税しなければならなかった。あなたは脱税しています」ということで、最後は脱税事件として立件することになるだろう。

 

 本来の目的ではない形で子会社が使われた、会社のお金が半ば私物化された、その状況を隠蔽しようとしてグレッグ・ケリーが日産社員に強い指示を与えていた、ということがこれまで報道されている。これらが事実認定されれば、恐らく裁判官の心証は真っ黒になる。ゴーン、ケリーの両氏が刑事罰を免れることは、現時点では極めて難しいと言わざるを得ない。

 

 残された最大の問題は、ルノーと日産の関係がどうなって行くか、だ。ルノー、日産、三菱自動車のような企業連合の場合、普通だったら持ち株会社を設立し、その下に3社がぶら下がるという形をとることが多い。持ち株会社が、傘下企業間のアライアンスや経営資源の適正配分、事業再編のハンドリングをするほうが効率的だからだ。

 

 ところがルノー・日産・三菱自動車の3社連合では、そういった組織的な司令塔がない。人的な司令塔としてゴーン氏が3社の会長を兼ねるという形で束ねていた。「ルノー・日産・三菱アライアンス」というパートナーシップもあるが、これとて代表はゴーン氏だ。つまり3社連合はゴーン氏が一人でまとめ上げていた連合体なのだ。

 

 その人物が逮捕され、経営の表舞台から消えてしまった。新たに3社の会長を兼務するような人物が出てくるだろうか。その可能性は極めて低いと言わざるを得ない。

 

 ルノーは日産の大株主であるから、「ルノーから新しい会長を派遣します」という申し出があるかもしれないが、経営規模ではルノーを上回る日産が、唯々諾々とルノーの要求に応えるとも思えない。3社連合は瓦解の方向に向かう可能性高いと思う。

 

 果たして日産の西川廣人社長はルノーとどう渡り合うのか。クーデター劇の第二幕はもう始まっている。

 

 

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 日産自動車カルロス・ゴーン会長の「容疑者」への転落は、まさに平成史に残る大事件となった。今後、ルノーや三菱自動車とのパートナーシップに影響を及ぼせば、新たな自動車業界の再編につながる可能性もある。モータージャーナリストの鈴木ケンイチ氏が指摘する“最悪のシナリオ”とは?

 * * *

 日産会長であるカルロス・ゴーン氏の逮捕は、自動車業界を揺るがす大事件でした。まさの晴天の霹靂です。

 

 周知のように日産自動車は、1990年代に深刻な経営難に陥り、1999年にフランスのルノー傘下になりました。その経営難の日産を短期間でV字復活させたのが、ルノーから日産に派遣されたカルロス・ゴーン氏でした。

 

 その後、日産はゴーン氏の元で再生を遂げ、さらにルノーとのアライアンスを強化。世界市場で売り上げを伸ばしていきます。

 

2016年には三菱自動車もルノー・日産の仲間に加わり、さらに力を蓄えます。そして、2018年の上半期は、グループ全体で過去最高の553万8530台の販売を記録。年間1000万台の大台も突破し、世界一の自動車アライアンスの実現に向けて、一歩ずつ確実に階段を上っているところでした。

 

 そんなアライアンス全体の指揮を執っていたのがカルロス・ゴーン氏です。ところが、今回の事件によって、ルノー・日産・三菱のアライアンスは指導者を失うことになったのです。

 

 最近のゴーン氏は、各自動車メーカーのトップというよりも、グループ全体を見る立場だったため、直近の各自動車メーカーの個々の動きは、それほど大きな変化はないかもしれません。しかし、カリスマ的な指導者を失ったグループ全体の未来には不安がよぎります。

 

 よく言われるように、現在の自動車業界は、大きな曲がり角に差し掛かっているところです。技術の進歩によって、自動運転の未来も見えてきました。ハイブリッドを筆頭に、電気自動車など、電動化も進んでいます。世界的には環境問題のために燃費規制が、どこでも年々厳しくなっています。

 

 また、カーシェアなどの新しいクルマの使われた方も盛んに検討されています。もしかすると、ここ10~20年でクルマという存在自体が大きく変化する可能性も見えてきているのです。

 

 そうした激動の時代を生き抜くために、自動車メーカーに求められるのが技術力です。新しい世の中になったときに、新しい技術を持っていないと生き残れません。

 

 もしも、もっと高性能なバッテリーが普及し、インターネットと繋がったAIがクルマを運転するのが当たり前の世の中になったとき、電動化やAIといった技術を持たない自動車メーカーは、当然のようにシェアを落とすでしょう。そのため、現在の自動車メーカーは必死になって、お金を投資して、次世代技術を研究しています。

 

 しかし、そうした次世代技術の研究には、非常に多額の資金が必要となります。そのために、現在の自動車メーカーは、どこかの大きなグループに属して、グループとして共同で次世代技術を研究しているのです。

 

 日産もそうでした。ルノーと三菱自動車という仲間がいるから、多額な研究費用を捻出できたのです。特に日産と三菱自動車は、電動化技術を得意としています。もしも、中国における電気自動車ブームが本格化したとしても、グループとしてのメリットを生かせれば、中国市場での大きな成長が期待できます。最近の日産・ルノー・三菱自動車の好調さは、あくまでもグループとして動けていたからというのが、大きな理由でしょう。

 

 ところが、グループのまとめ役であったカルロス・ゴーン氏が失脚してしまいました。今後の最悪なシナリオは、グループの解体と、それによる技術の先細りです。もしも、そんなことになれば、自動車業界の大きな変化の波に乗り遅れてしまう可能性が大きくなります。まさに終わりの始まりです。

 

 自動車ビジネスは、わずか数年の不調で、あっというまに会社が傾きます。そして、そのまま消えていったブランドがどれだけたくさんあるかというほど厳しいビジネスです。

 

 もちろん、バラバラになってしまっては、誰にとっても不利益となるというのは、グループ内のメンバーの誰もが理解しているはず。カリスマリーダーがいなくなった後もしっかりとグループの結束力を維持できるのか。そこにグループの未来がかかっていると言えるでしょう。