若狭神子 うらら亭 ― 漁村のごはんや
旅の途中、名物イカ丼で知られる「ドライブインよしだ」を通り過ぎた先に、もうひとつの名店がひっそりと佇んでいる。
それが 「若狭神子 うらら亭」。
常神半島の先端、神子地区は、美しい海に抱かれ「現代の桃源郷」と呼ばれる漁村。
かつては海水浴客で賑わったが、今では人影もまばら。
そんな中、「自慢の料理で地域を元気にしたい」と立ち上がったのが、地元の女将さん6人。
その心意気から生まれたのが、うらら亭である。
間借りしている民宿松岡の一角に足を踏み入れると、迎えてくれるのは海の恵み――イカの王様「アオリイカ」。
まずは名物のイカ丼。トロロ芋の上に透き通るイカが贅沢に盛られ、シンプルながらもご飯の上で光り輝く。
甘みと旨みが舌に広がり、思わず笑みがこぼれる。
そして真打ちは、活け造り。大皿の上でまだ動くその姿に驚かされるが、一口頬張ればコリコリとした食感と清らかな甘みが広がり、思わず目を閉じて味わいたくなる。
透明感あふれるその身は、まさに海からの贈り物だ。
最後の締めは、バター焼き。耳や下足を鉄板で香ばしく焼き上げると、立ちのぼる匂いだけで幸せになれる。
バターのコクが加わった濃厚な味わいと、鮮度抜群の弾力感。旅の余韻を一層豊かにしてくれる。
「うらら亭」は、ただの食事処ではない。
女将たちのあたたかな心と、神子の海が育んだ恵みが重なり合い、訪れる人に力をくれる場所だ。
観光名所のすぐ近くにありながら、ひと味違う“漁村のごはんや”の魅力がここに息づいている。






――腹を満たし、心もほどよく満ちたあと、海沿いの道へ。
海岸沿いの東屋でバイクを停め、荷をほどく。
潮の香りがほんのりと漂い、波音が静かにリズムを刻んでいる。
ポーチから小さなミルを取り出し、珈琲豆を挽く。
「ゴリ…ゴリ…」と心地よい音が、海風に溶けていく。
湯を注げば、立ち上る香ばしい香りが、身体にじんわりと染み渡る。
見晴らしのいい場所。
頬を撫でる風は少し塩っ気を帯び、空ではトンビがゆったりと円を描く。
何もない時間――それが、たまらなく贅沢に感じられる。
至福のひととき。
この一杯のために、今日という日があったような気がした。
そして、旅の締めくくりはやっぱり温泉だ。




湯煙の向こう、千尋の世界へ
北陸の山あいに、まるで“千と千尋の神隠し”の舞台のような温泉がある。
その名も 「みかた温泉きららの湯」。
木造の建物に差し込む柔らかな夕陽、湯煙の向こうにゆらめく人影。
まるで湯屋の中で神々が休んでいるような、そんな幻想的な空気に包まれる。
湯船に身を沈めると、肌を包み込むとろりとした湯。
北陸一番と称されるその温質は、まさに“極上”。
時間がゆっくりと溶けていく。
これで入浴料はたったの650円。
まるで現実世界のほうが幻だったかのように、心も体も温泉の魔法にかかってしまう。
湯上がりに外へ出ると、秋の風が頬を撫でた。
湯冷めしないうちに、バイクにまたがる。
夕陽が傾く海沿いの道を走りながら、ふとつぶやく。
「今日も、いい日だったな。」
――また、あの海へ。あの店へ。あの湯へ。




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