平成最後の日。


母の荷物を捨てまくった。



療養型病院に入院してから、一年半が過ぎました。

すっかり身体中の関節は固まり、歩行はもちろん、座ることすらできなくなってしまいました。


多分、うちに帰ってくることは無いだろう。

って、言うか入院した時から退院なんて考えてなかった。

看取りの場を求めてあの病院に入院した。もって半年と言われた。内臓、特に肝臓腎臓はボロボロらしい。

血管も石灰化してる。全身動脈硬化とまで言われた。


あれから一年半


まだ生きてます。



だんだん弱ってますと主治医に言われ、

周りからはかなり心臓が強いと揶揄され


積極的な治療は希望しないに◯してます。


もういい加減疲れた。

こっちも50を過ぎてあちこちにガタが来てる。毎月の自分の病院通いでも、ストレスが1番いけないと言われてる。


週に一度のお見舞い。


パジャマをあえて持ち込みにして、必ず週に一度洗濯物を届けることで、病院に行くことを自分に課してる。


そうでもしないと、お見舞いにも行かない気がしたから。


これを読んだ人はなんて冷たい娘だろうと思うだろう。

自分でも冷たい人だと思う。


でも、私は母が好きでは無い。

嫌いとは違う。

単に好きでは無い。


私が幼少の頃より、父は不倫をしていた。

そのことを私が知ったのは大人になってから。

でも、母は、うんと前から気づいていた。

何度言っても不倫はやめてもらえなかったらしい。

私の祖母にも愚痴をこぼしに行ってたらしい。

だから、毎週末に祖母の所に泊まりがけで行ってたのかと大人になってから、気がついた。


祖父は、子供らを連れて帰って来いと激怒していたらしい。

大人になった私は、なぜ祖父母の所に帰らなかったのか不思議でならなかった。

私たちがいたから。父親がいない子にするのがかわいそうだったから。

だいたいそんな所なんだろうか?


だが、離婚歴が自分に付くのが一番嫌だったんだと思う。


自分が一番傷つきたく無かったんだと思う。

子供を連れて、実家に戻り、肩身の狭い思いをしながら暮らすのが嫌だったんだと思う。


昔、そんなこと言ってた。


私が好きでなくなった理由の一つは、これ。

自分の人生の選択肢に私たち姉妹を理由にしたから。

親が離婚してようが、そんなことで就職や結婚が不利になっても構わない。


実際、親が離婚してる家庭の子も同僚にいたから、そんな事は採用の基準じゃない。


結婚も、父親がいなかったら結婚しないとか言うような相手とは結婚しない。


だから、私たち姉妹を理由に離婚を我慢したと堂々と言う母は、好きではない。


母が好きでは無い理由が長くなってしまった。


父とは、結局離婚した。というか、離婚させた。

それについても長ーい話があるから、また今度。


そんな事があり、自分の母なのに、距離がある。


そんな人だと知った日から、かれこれ30年以上経った。


母も90を超えた。


私も50代半ば。

そろそろ実家の断捨離をしなくてはならない。

身体が動くうちにしないとと思い、


この10連休がいい機会かな。


今までずーっとそのままにしてた母の使わなくなった荷物。


今日のゴミの日に5袋分捨てました。


まだまだありますが、これ以上出したら、粗大ゴミ扱いになっちゃいそうで、

普通ゴミとしてちょっとずつ出していきます。


次は金曜日。

平成と令和にまたいで、断捨離。

リサイクルショップに持っていけば幾らかになりそうなものもある。

フリマアプリに出しても良さげなものもある。

それを面倒な手間をかけて出品するのか?いっそのこと捨てるか?

悩み中。

昨日の廃品回収で、3袋の古着が30円になった。

ゴミで捨てたら税金をかけて燃やす事になるものが逆にお金が入ってきてラッキーだった。

民謡のテープや、大正琴やそれの楽譜。小さいアンプもあった。

古銭や切手も出てきた。

さて、どうしようかな。


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