PAKUTCH BARgar

ココロプロジェクト 代表である私、内田 浩通が今夏仕掛ける

PAKUTCHプロジェクト

その軌跡を中心にUPしていきます。

Amebaでブログを始めよう!

待っててください藤田様。

これが原点


これ、何だと思います?

実はサイバーエージェント藤田社長に直接ジャッジして頂いたコメントです。


○○○・・・



○○○・・・


VOL.1 我々にはリアルな居場所が必要だ!

昔話を織り交ぜながら、私どもが考えるこれからのホスピタリティーを

継承していく。

○○成立!

かねてから進めていた○○が・・・


VOL.1 歯車と私と

高校を卒業する平成2年3月、いわゆる
バブルっ子でした。
1人に5社平均の就職口があり内申書次第では
大学卒並の就職が可能と、そんな環境でした。

僕としてはギターが弾ければ、あとはどうでも良いといった感じで
周囲が勧めるまま、大手電器メーカー営業部に就職しました。

配属は地元の群馬県高崎営業所。同期は割と優等生ずら。
高卒は僕1人。でも、特に気にしてなかった。
ただ周りからしてみると全てにおいて浮いた存在だったのでしょう。
ギターを助手席に置きスーツは着ているものの、派手なオープンカー全快で通勤。
受付の女の子たちには受けが良かったが
上司は皆・・・みたいな顔をしていました。
でも、特に気にしてなかった。



ところがある日、夢を見ました。
大きな歯車があって、よ~く見ると社内の人たちで出来た歯車なんですよ。
その歯車は、そこから永遠に動くことが出来ず
永遠に同じ速さでまわっているんです。
たとえ様の無いむなしさが去来し、その日から視点がちょっと
変わりました。

ここのトップになりたいか?答えはNO。
同じレールでよいのか?これもNO。
仕事に充実感はいらないのか?NO!!

少なくとも、金持ちにはなれないなとも思ったり。(笑)

気付きました。ここにいてはいけないと。
とどめは上司の引きとめる文句

「ここにいたら、一生安泰だぞ。」

安泰?・・・・・言葉も出なかった。
そんなものほしくない。
周囲の反対を押し切って飛び出た。

―・―・―・―・―・―・―・―・―

「儲かるよ。自分次第で独立も出来るし。」

ディスコで知り合った年上の女性に変わった
ナンパをされた。
なんてことはない不動産業だ。
ただ、前職とは違って完全な実力世界。
とりあえず、この女性の部下になった。

仕事はピントが合っていたらしく100万給料取った月もある位。
ソコソコ楽しかった。何より自分のスタンスで出来るところが
良かった。

ここのトップは才女でした。
仕事に対する取り組みは尊敬できました。
まさにキャリアウーマン。

・・・そんな社長の死に直面した。
まだ40代現役バリバリだった。
ついこの間まで元気だった。

死について考えるきっかけになりました。

考えた。いつでも考えた。これはなかなか奥が深い。
人生って何だろう。幸せって?

答えが欲しかった。でも見つからない。



業務縮小するとの事でそのタイミングで退職し
日本の真ん中に行こう!なぜかこう思った。

行き先も決めず
パンツ3枚しか入っていないバックを持って
東京に向かった。
伝手もコネも何もない。
あるのは体とパンツだけ。

期待に胸を膨らませていた。
それなのに
なぜか涙が止まらなかった。